分娩数 日本一の病院が考える「医療サービス」とは―福田病院 理事長・院長インタビュー(後編)


日本一の分娩数を誇る福田病院(熊本市、161床)が、熊本県にあります。同県は出生数が全国19位、婚姻数も24位で、日本一の件数を見込める環境ではありません。なぜ同院には多くの女性が集まるのでしょうか。豪華な内装やサービスが注目されがちですが、他院も同様の取り組みをすれば件数が増えるのでしょうか――。福田稠理事長に、同院の取り組みと考え方を伺いました。

県民の4人に1人が生まれる病院

福田病院の年間出生数は、熊本市の半数、県全体でも24.6%(ともに2016年度の出生数)を占めます。地域では、全室個室で、ホテルのような内装・設備、県内で獲れた有機野菜を使った食事、エステなどが42万円以内、つまり健康保険の出産一時金だけで利用できるとして好評だといいます。

一方で、全国で広がりを見せているLDR室(陣痛、分娩、回復に対応できる部屋)を日本で初めて導入するなど、医療面での改革も実行。ほかにも、社会的・経済的な事情に踏み込んだ支援として、特定妊婦(※)や貧困を抱えた妊婦からの相談を地域連携室で受け付けたり、病院として初めて養子縁組あっせん事業を届け出たりするなどしています。

※ 特定妊婦:複雑な家庭事情を抱えていて育児が困難と予想されるなど、妊娠中から養育上の支援が必要な妊婦。児童福祉法で規定されている。

日本一の病院の出発点

―貴院は1907年に産婦人科で開業し、2017年に110周年を迎えた老舗病院です。福田理事長は院長職を引き継いだとき、どのようなことを考えていたのでしょうか。

福田稠理事長

1981年、院長に就任した当時は主に公的病院が全盛の時代でした。民間病院が存続するには、何かしらの魅力を打ち出さなければならないと危機感を覚えていたんですね。私はがんを専攻していたのですが、多くのお産ではがん治療のような高度医療が期待されていません。その意味では、民間病院にも何かできることがあるだろうと考えたわけです。

では、どんな魅力を打ち出すか。公的病院とは異なる方向性が必要です。聖書に出てくるたとえ話で、100匹の羊がいても、羊飼いは1匹を見失うと、その羊を追いかけることに全精力を投入してしまう話があります。残りの99匹は置き去りにされてしまうわけです。産科医療もそういう時代でした。公的病院が難しい疾患を抱えた1人を助けるために全力を尽くすなら、民間病院としてはその一人と同様に他の99人も大事にしようと。

もう一つ、考えたことがあります。わたしは公的病院で働いていたときから違和感を覚えていました。一般的な総合病院では、1階は受付や外来、そして2階以上はどの科も同じ構造につくられ、食事も同じものが提供されていたんです。

でも、妊婦さんと病気の患者さんでは置かれている状況が違いますよ。患者さんは治療を求めている。では、妊婦さんが“お産”という人生で最も華やかなタイミングに求めているものは何だろうか。「妊婦さんは病院での過ごし方に満足していないんじゃないか」――。そう考えたのが出発点です。

だから、当院では病室をすべて個室化しました。それから、今でこそ全国に広がっているLDR室を日本で1990年に初めて導入しました。これも1人1室です。実は、はじめは助産師さんから文句が出たんですね。大部屋に分娩台を並べておけば一括で管理できるのに、個室にしたら動線は長くなるし目は届かないし、人手はたくさんいりますから。そういう苦情は出ましたが、きっと正しいことだろうと思って続けてもらいました。妊婦さんの反応も良いし、医学的にも良い結果が出ているのを見て、今では反対する人なんていないですよ。

病院の中でこそ魅力を発揮するもの


―30年以上も前から「選んでもらう」ことを意識していたというお話でした。選んでもらうにあたって、どんなことを大切にしていますか。

経営者の力量は、妊婦さんからいただいた料金に対して、モノやサービスでどれほどのお返しをできるかに掛かっています。だからなるべく債務を減らして財務体質を良くし、たくさん返せるようにしています。

その上で、なぜそのサービスで返すのかを明確にしなければいけません。結果的に、患者さんにとって一番大切なもの、あるいは、求められているものから優先的に返していくことになります。

そして一番大切なのは、医療でしょう。つまり、質が良くて安全なお産です。だから、人材が大事なんですね。当院では、周囲の医療機関に助産師さんがほとんどいなかった頃から採用に力を入れてきました。養成学校で助産師さんたちを口説いて数多く迎え入れ、周りからは「福田病院さんは6人も7人もいるんですか!?」と驚かれたものです。それから継続的に採用し、今では100人程にまでなりました。もちろん、医師を集めるのにも投資してきました。とにかく採用を頑張る。なぜなら、それが患者さんへの最も価値のある“お返し”になるからです。

そして余力ができたら、さらに患者さんの喜ぶものに力を入れます。それは何か。正直、何でも喜んでいただけるんですよ。しかしその中には、病院という空間、入院期間という時間の中でこそ魅力を発揮するものがあります。それはおそらく、食事と室内環境です。やはり食事が美味しくて、なおかつ、部屋が快適ということが大きな喜びになるんですね。

患者が一番喜ぶサービスとは?「価格の内外格差」を考える

―豪華な食事と部屋を用意する、ということなのでしょうか。

ここで大事なのは、サービスの軸です。高価で豪華なサービスなら良いわけではありません。当院では、院内にレストランを設け、そこに“ご夫婦”で招待しています。妊婦さんの輝かしいひと時を、その夫と過ごしてもらうのです。

他院でも似たことをするのですが、病院によっては、立派なホテルレストランのお食事券をプレゼントしていた頃がありました。これは患者さんにとって、ありがたいようで、実はそうでもない。そんなことをしたら、患者さんは「私は自分の好きなレストランに行きます」と言いますよ。ある病院では、出産祝いに三輪車をプレゼントしていました。その病院限定の三輪車なら嬉しいかもしれませんけど、「三輪車はもう持ってます」とか「自分の好きなものを買います」とかいう話になりますよね。つまり、これらは良いサービスではないのです。

―それでは、良いサービスとは何でしょうか。

もとより、安全、安心な出産です。付加的な、いわゆるサービスとしては、価格の内外格差があるものの様です。たとえば、フレンチレストランで1万円するものを当院が3000円で提供すれば、差し引き7000円の内外格差を生みます。
なぜ3000円で実現できるかというと、レストランが日々の来客数を予測できないのに対し、病院は毎日数十人か数百人が必ず3食とるからです。人件費も食材も、病院のレストランはムダが生まれにくいわけです。特別なことをしているわけでなく、単に原価の違いなんですよ。

どんなサービスを導入するかは、非常に吟味してきました。つまらないサービスは、たとえば赤ちゃんが生まれてから退院するまでをビデオで撮って“完パケ”にするもの。これはかなり流行りました。提供会社は「皆さん喜びますよ、やりましょう」と売り込んでくるのですが、ご夫婦が観るのはせいぜい1回、2回でしょう。それで料金は8000~9000円です。業者さんは儲かるサービスかもしれません。しかし、皆さんが喜ぶのかは疑問です。サービスを何でも導入すれば良いわけではありません。

―貴院で最も喜ばれているサービスは何ですか。

まず、おいしい食事と快適な病室でしょう。また、いま評判が良いのは、エステじゃないでしょうか。エステサロンでも当院でも、エステティシャンを雇って立派な場所をつくれば、サービス内容は同じです。レストランと同じ理屈で、原価の問題になりますから、エステサロンよりも安く提供できます。

ここで大事なポイントは、多少、お金をかければ簡単にできるものでなければいけません。つまり、医師や看護師、助産師といった医療人の手を取らずに実現できる、病院スタッフの負担にならない事が重要です。

―医療者とそれ以外のスタッフで役割分担が必要だということでしょうか。

そうです。たとえば、一番ムダなのが看護師による配膳ですよ。医療人がすべきことは医療であって、配膳ではない。本当はおかしいはずなのですが、人には悪い癖があって、何らかの理屈をつけたがるものなんです。たとえば「看護師さんが配膳することに意味がある」などと言って、配膳させる。「本当かいな?」と疑いたくなる理屈をつけるのが得意なんですね。
当院にはフルコースなどを調理するシェフが10人くらいいます。病院としては珍しいかもしれませんが、たとえば大病院では、大きな木べらで大鍋を混ぜたりする調理スタッフがいて、彼らもシェフと同程度の給料になる。それならレストランで修行したシェフを雇った方が良いと思いませんか。

―変えるべきポイントが様々なところにあるのですね。

「何かおかしいな」「ちょっと変だな」と引っかかったところから、あるいは、「本当はどういうものが求められているのだろう」と感じたところから変えてきました。そのときに自分が先頭に立たないと、何かを変えようにも難しいところがありますよね。もちろん失敗はたくさんありました。あったけど、止まらずにどんどん広げてきたのが今に繋がっています。

なぜ価格を抑えるのか

―貴院で注目されやすいのは、豪華なサービスや設備もさることながら、それを低価格で提供していることだと思います。有料オプションで提供する方法もあると思いますが、そうしない理由をお聞かせください。

わたしは地域医療の視点を忘れないようにしています。当院は地域周産期母子医療センターですから、他院から患者さんが紹介されてきます。そのときに、地域の相場に合わせた価格でなければ、地域医療が成り立ちません。「あの病院に行けと言われたけど、価格が高いから行けない」と言われては、医療をやっている意味がないじゃないのと。人を平等に診られない医療機関をつくっても、働いている人はやる気になりませんよ。たとえ経営的には難しくても、むやみに価格を上げてはいけないと考えています。

当院の提供しているものは、やりくりすれば実現できるものです。そのとき、一つは、先ほどお話した通り、できるだけ合理的なものを提供すること。もう一つは、これは大都市にしかできない事ですが、量を確保することです。量は質を担保するので、分娩数を多く扱うほど職員が精神的にも技術的にもなじんでくる。日本最多の当院で4000件弱ですが、アメリカに至っては5000件や1万件の病院もあります。日本の都市部では産婦人科が集約化されてきていますが、こうした動きはますます進むでしょうね。悲観的に捉える向きもありますが、質の高い医療を提供するという意味では良いことだと思います。

―サービス提供に関して、示唆に富む数々のお話でした。ありがとうございました。

<取材・文・写真:塚田大輔>

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