人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣がオムニバス形式で、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報について解説します。
小倉記念病院 経営企画部 企画広報課
病院マーケティングサミットJAPANは2019年8月24日(土)に病院マーケティングサミットJAPAN2019を東京 神田明神ホールにて開催しました。今回のキーワードは「病院の価値を創るコミュニケーション戦略」。少しだけ各セッションのご紹介をしたいと思います。
一流に学ぶコミュニケーション戦略~人と社会に選ばれるブランドとは?~
座長:松本 卓(小倉記念病院 経営企画部 企画広報課)
「人と社会に選ばれるブランドとは?」
谷口 優(株式会社宣伝会議 編集長)
私がマーケティングの仕事を始めた時から勉強させていただいている宣伝会議。その編集長である谷口さんに登壇していただいたことは光栄でした。病院マーケティングサミットJAPANも「宣伝会議サミット」を意識してますからね(笑)。ぜひみなさんも宣伝会議サミットにも足を運んでみてください。さて、谷口さんからはいま注目のワード「パーパス・ブランディング」をご教授いただきました。企業がどのようにして社会の一翼を担うのか?ということですが、組織の社会課題に対する姿勢(パーパス)を明確に示すことが重要な時代となっていると示唆いただきました。そもそも組織は社会の課題を解決することで永続的な活動ができるのですから、自院の存在意義を再度認識することが重要だなと感じました。
「地域に根付くブランドの作り方」
舘 賢治(福岡ソフトバンクホークス株式会社 相談役)
ソフトバンクホークスは福岡県、いや九州になくてはならない球団ですが、舘さんはもともとソニーミュージックの役員を務められており、「ソニーミュージックが成長するのではなく、一人ひとりのアーティストを成長させなければならない」というお話を人づてで聞いた時から、「これは病院も同じだな」と思い、今回のご登壇に至りました。
世界NO.1のチームを目指すソフトバンクホークス。チームが強くなくては集客できないと主張する営業担当者とのやりとりをお話しされ、これは病院業界でもよく耳にするなと。「うちの病院は売りがないから集患できないよ」はよく聞きます。舘さんはファンがチームを強くするとの信念で、球団イベント「鷹の祭典」などの施策を実行し、地域とのコミュニケーションを促進していました。病院の新たなコミュニケーションのアイディアにつながるご講演でした。
「世界を魅了するブランド哲学」
田島 崇(ポルシェ ジャパン株式会社 マーケティング部 マーケティングコミュニケーション CRM担当部長)
ポルシェは私がおそらく死ぬまで乗れることのない車ですが、憧れのハイブランドであることは間違いないですね。
ポルシェのフィロソフィーは「小型で軽量、そしてエネルギー効率に優れたスポーツカー。私は自らが理想とするこうした車を探したが、どこにも見つからなかった。だから自分で造ることにした」(フェリー・ポルシェ)。ポルシェはこの理念を掲げて、これから社会へ3つの約束を果たしていくとのこと。
1. 魅的なポルシェをご提供し続けることで、日本の消費を刺激。
2. ゼロエミッションスポーツカーの導⼊
3.お客様へのスポーツドライビングの提供。
ポルシェの新たな戦略ターゲット層の狙いやアプローチについて、デジタルとアナログの使い分けなどご提示いただきました。
「人と社会に愛され続けるブランド・コミュニケーション」
金子 みどり(アマゾンジャパン合同会社 パブリック・リレーションズ本部 本部長)
世界の大企業アマゾン。講演では、アマゾンは地球上で最もお客様を大切にする企業であることを理念としていることが紹介され、「リーダーの原則」を提示していただきました。ただ理念や指針は、長く勤めていると忘れがちになりますよね。アマゾンでは「Day One」という言葉が浸透しており、毎日が初日、つまり最初の一歩を踏み出す日だという考えが共有されているとのこと。社員同士が日常の会話の中で理念や指針について語り合うことが当たり前の文化には驚かされました。日本の文化だと「お前なに真面目なこと言ってんの(笑)」と。
講演後に金子さんと会話していると「ジェフがね、こんなこと言うの」と当たり前のようにおっしゃるのですが……それって創業者のジェフ・ベゾスのことですか!? ジェフ・ベゾスを一瞬だけ身近に感じた瞬間でした(笑)
未来講演1
座長:小山 晃英(京都府立医科大学)
「病院マーケティングの新たな可能性~地域メディコポリス構想の展開~」
北原 茂実(医療法人社団KNI 理事長)
著書『病院がトヨタを超える日』で高名な北原先生。もう考え方が1病院を経営している病院長と違って壮大です。しかもそれを現実にしているのがすごいですよね。今回は病院が医療のみならず地域住民へ生活サービス全般を提供する、八王子市モデル構築構想について語ってもらいました。2030年の社会課題のひとつとして独居高齢者の増加を挙げ、家族が高齢者を支えるといった従来型の社会保障体制が限界になりつつあること、そして既存医療への“疲れ”という人々のマインドの変化を指摘しました。病院が医療だけでなく生活全般のサポートも提供する存在となることで、人口が減少する日本において持続可能な社会基盤を支える新たなインフラになることができるのではないかということでした。
Luncheon Seminar ~「ここで働きたい!」と医師に思わせる病院とは?~
座長:保坂 隆(保坂サイコオンコロジー・クリニック 院長)
「逆境の研修医獲得戦略~まずはトップが体を張るべし~」
下田 和孝(獨協医科大学病院 臨床研修センター長、精神神経医学講座主任教授)
下田先生の講演が一番ウケてましたね。見学者に獨協大の場所(栃木県)を説明する時のスライドがウラジオストクまで入っている巨大地図で、「東京のすぐ上にあります」って言ってました(笑)。この業界の方なら獨協大の研修医獲得のためのPR活動(ホームページ「Dの血族」など)を知っている方も多いかと思いますが、やはり広告のプロであるクリエイティブディレクターを起用していてさすがだなと感心すると同時に、外部に任せきりにするのではなく、ペルソナ(採用したい人物像)の設定や院内の職員も巻き込んでいて、先生方の泥臭さも感じさせられる取り組みをご紹介いただきました。
「選ばれる病院、選ばれない病院」:沼倉 敏樹(エムスリーキャリア株式会社 医師キャリア事業部長)
医師なら登録している方が多いはずのエムスリーグループ。これはもう病院の人事担当者必見の講演でした。私も7年間人事課で勤務していたのですが、そもそもの考え方、市場の見方、アプローチの仕方……全てが勉強不足だったなと感じました。医師がどんな方法で病院を選んでいるのか、転職を決意する理由、転職が決まる時期と確率、転職時の平均見学病院数、都道府県別の平均年収など、エムスリーキャリアだからこそ把握できる数値を示しながら、ご講演いただきました。
Short Break Session 「医師キャリア向上委員会、はじめました」
「令和時代の医師キャリアデザインを考える」
岸 拓弥(国際医療福祉大学 福岡保健医療学部 教授)
医学生ディスカッサント:服部 哲也(東海大学 医学部医学科6年)、遠藤 清良(山梨大学 医学部医学科5年)
指導医ディスカッサント:天野 雅之(南奈良総合医療センター教育研修センター)、 福田 芽森(慶應義塾大学循環器内科、アイリス株式会社薬事推進部)
病院マーケティングサミットJAPAN 医師キャリア向上委員会の委員長に就任していただいた岸先生のセッションです。誰もが同じタイミングで迎える「初期研修病院」選び。医師人生をスタートさせる医学生にとっては重要な選択ですし、初期研修病院にとっては苦労の多いテーマだと思います。岸先生は「(医師になって)最初の2年間(である初期研修期間)の過ごし方で、その後の医師キャリアの選択肢の幅が大きく変わる。だから医学生は悩んでいます」とおっしゃっていました。そんな医学生の現状とリアルな声を知るために、今回33大学 466名のアンケートを集計していただきました。そこには医学生たちが情報収拾を始める時期、参考媒体、情報源、病院選択で重視する項目、勤務環境で重視する項目、教育体制で重視する項目など、医学生たちの本音が現れていました。
Meet the President ~令和時代の医療ビジョンから病院経営を考える~
座長:汲田 伸一郎(日本医科大学付属病院 院長)
「2040年を展望した医療提供体制」
北波 孝(前・厚生労働省医政局総務課長)
北波 孝(前・厚生労働省医政局総務課長)
阪本 研一(美濃市立美濃病院 院長、日本病院会 理事、全国自治体病院協議会 理事)
笹沼 仁一(新百合ヶ丘総合病院 院長)
松本 晃(元カルビー株式会社代表取締役会長兼CEO)
病院経営を左右する厚生労働省の展望について前・厚労省医政局総務課長の北波さんから、そして実際の病院経営TOPである阪本先生・笹沼先生からご自身の経営戦略についてご講演いただきました。最後に元カルビー株式会社代表取締役会長 松本さんのご講演です。
松本さんの取り組みをご存知の方も多いかと思いますが、松本さんはジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人の社長在任9年の間に年間売上を4倍に伸ばし大幅な黒字を達成、続くカルビーでは8期連続で増収増益を続けるなど、「カリスマ経営者」の一人であり、最近ではライザップのCOO(最高執行責任者)を務めてましたね。長崎みなとメディカルセンターの副理事長も務めておられまして、病院経営に対しても精通しておられます。カリスマ経営者ですから鬼軍曹みたいな方かなと思っていたのですが、ものすごく物腰が柔らかい方で、どんな人にも誠実に対応されている姿はやっぱり何かを成し遂げる人は違うなと感じさせられました。そして講演も面白いんです。題名が「Change, or Die!企業も病院も似たようなもの」。刺激強めの演題名ですよね(笑)
触りだけご紹介します。全てをシンプルに考えているところが達観しています。
・病院経営は「1.世の為、人の為に。2.儲けろ」
・うまくいく経営に欠かせない3要素は、LEADERSHIP・PLAN・VISION
・病院経営のKPIは病床率85%以上と入院単価
・速くやって早く帰せ
「一般企業は経営がうまくいかないと潰れるんですから、病院だって潰れて当然です」という言葉が発せられると、漫画『カイジ』のごとくザワザワ感が会場に漂いました。立て続けに「病院経営になると“儲ける”という言葉は汚らわしいようなイメージを持たれるが、それは間違いです」とおっしゃっていました。私も同じ考えで、永続的に組織が社会にサービスを提供するためには社会から必要とされることが重要ですし、社会と病院がWIN.WINの関係でないと成り立ちません。近江商人の「三方よし」は病院経営にとっても必要なことだなと感じました。
未来講演2
座長:竹田 陽介(株式会社ヴァイタリー 代表取締役)
「ブリリアントホスピタル構想~ヒトとモノの最適化は病院運営を救えるか?~」
多田 荘一郎(GE ヘルスケア・ジャパン株式会社 代表取締役社長)
モバイル端末や電子カルテでデジタル化された院内業務データ、ネットワークにつながる医療機器とその情報、従業員のオペレーションデータや臨床データなど、院内から収集したビッグデータを病院運営に活用していく、そんな未来型の病院が「Brilliant Hospital」だと言います。インダストリアル・インターネット(様々な製品の稼働データを収集してビジネスに活かすサービス)を活用した「Brilliant Hospital」では、院内の様々な課題が生じる前に「何が起こるのか?」をビッグデータ分析で予測的に導き、院内の人・モノの情報をつなぎ、データを病院の資産にすることで、病院経営の最適化が可能になるとのこと。講演前にアマゾンの金子さんとお話しされていましたので会話の中に入れてもらうと、実はお二人はGE ヘルスケア・ジャパンで一緒にお仕事をされていたそうです。世間て狭いですね~。
病院の価値を高めるチーム力~人材獲得、チーム作り、働き方改革~
座長:田端 実(東京ベイ・浦安市川医療センター 心臓血管外科部長、虎の門病院 循環器センター外科特任部長)
・天野 雅之(南奈良総合医療センター教育研修センター)
・柴山 謙太郎(東京心臓血管・内科クリニック 院長)
・横尾 英孝(千葉大学医学部附属病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 助教、日本臨床コーチング研究会 幹事)
・「病院の価値を高めるチーム医療とは?」:阪本 研一(美濃市立美濃病院 院長、日本病院会 理事、全国自治体病院協議会 理事)
・「愛され指導医の人たらし術」:志水 太郎(獨協医科大学 総合診療医学・総合診療科教授)
・「若手が育つチーム作り」:志賀 隆(国際医療福祉大学三田病院 救急部部長)
・「心臓外科医の働き方改革」:阿部 恒平(聖路加国際病院 心血管センター心臓血管外科医長)
阪本先生は美濃市立美濃病院の黒字化を達成し、補助金への依存を脱却するなど、病院経営の考え方や実際の数値を示され、令和の時代に生き残る病院の条件として「医師が確保できること。高い効率性を獲得すること」とおっしゃっていました。
志水先生は仲間を集めて強いチームをいかに作るのかが大事で、その成功はリーダー次第であるというお話でした。採用に関しては初日で勝負をかけることと、その後のフォローをいかに行うか、具体的事例を示しながらご講演いただきました。
志賀先生は組織運営の原則として「透明性・権限委譲・分かりやすいルール」が必要であり、その中で若手が育つチームというのは「学習する組織である・マーケティングの戦略がある・組織運営のためのルールがある」ことを提言されていました。
阿部先生は虎の門病院、聖路加国際病院、東京ベイ・浦安市川医療センターで実施されているハートアライアンス構想をご説明されました。一つひとつの病院単独で心臓血管外科の勤務医が全てをこなすのではなく、心臓血管外科医が3つの病院でワークシェアリングするという新しい試みです。無理に施設を集約化することなく、ワーキングシェアにより労働環境を整え、質の高い、均質な医療を提供できる可能性を示されました。
病院の価値を伝えるコミュニケーション力~広報は病院の価値を創るのか?~
座長:小山 晃英(京都府立医科大学)
・水野 篤(聖路加国際病院 心血管センター循環器内科)
・増谷 彩(株式会社日経BP 日経メディカル編集)
・溝田 友里(国立がん研究センターがん対策情報センター 健康増進科学研究室 室長)
・「病院を魅せるビジュアルマーケティング」:藤本 修平(株式会社 豊通オールライフ ヘルスケア事業部 DXグループ 兼 リハビリ事業グループ)
・「病院に求められる翻訳力」:村上 和巳(医療ジャーナリスト)
・Debate「病院広報に最も求められる成果は?~集患vs求人~」
・演者(集患):松本 卓(小倉記念病院 経営企画部 企画広報課)
・演者(求人):竹田 陽介(株式会社ヴァイタリー 代表取締役)
藤本さんには、病院広報のデザインの戦略・戦術や、デザインがもたらす効果などをきちんと理解することで、単に外注に頼るだけではなく、ある程度の根拠を元に病院を魅力的に表現することの重要性をご講演いただきました。
村上さんからは、「医療関係者と患者・一般人との関係性は、永続的かつ避けられない“情報の非対称性”があることを前提に考えるべきである」ということで、山手線を例にあげて説明されていたのが印象的でした。みなさんが頭に思い浮かべる山手線は丸い形をしていると思いますが、医療機関が山手線を説明しようとすると、丸い形ではなく縦長でデコボコした実際の形で説明しがちとおっしゃられていたのは「確かにそうだな」と思いました。
最後に松本・竹田の茶番劇ですが(笑)、ここではそれぞれ集患・求人のための具体的事例を示しました。内容はこの連載を読んでいただければ十分かと。
多くの参加者にご来場いただき、参加者も登壇者も熱気に包まれた1日となりました。
おかげさまで参加者満足度93%を達成することができました。これからも病院マーケティングサミットJAPANは「日本の医療コミュニケーション変革」のために取り組んでまいりますので、引き続きご支援のほどよろしくお願いいたします。
コメント