“マネージャー”として医療者を輝かせたい──桜新町アーバンクリニック 村上典由事務長

2009年に2名で発足してから、10年もたたないうちに非常勤を含め75名(常勤62名)のスタッフを擁する組織に成長した、桜新町アーバンクリニック在宅医療部(東京都世田谷区)。その拡大フェーズを陰で支えたのが、同クリニックの事務長を務める村上典由氏です。広告代理店や飲食店経営など、医療とは無縁のキャリアを歩んでいた同氏が、なぜクリニックの事務長という働き方を選ぶにいたったのでしょうか。また、多職種連携を支える事務職として、大切にしている仕事哲学とは。

医療についてほとんど無知…その背中を押した思いとは

──現在に至るまでのキャリアについて、教えてください。

前職では、広告代理店や飲食店経営会社の副社長など、医療とは全く関わりのない仕事についていました。しかし、利益追求が最優先される業務に徐々に違和感を覚えるようになったんです。兵庫県出身で阪神・淡路大震災を経験したことも影響しているのかもしれませんが、「純粋に、社会に貢献できる仕事がしたい」という思いで、医療機関の経営コンサルティングなどを行っていた株式会社メディヴァに入社しました。弊社が支援を委託されている桜新町アーバンクリニックの事務長として、主に在宅医療部のマネジメントを2009年より担っています。

──2009年というと、在宅医療部ができて間もない頃ですね。

はい、在宅医療部は遠矢純一郎院長と片山智栄看護師の計2名でスタートしたので、今とは組織の規模も、事務長としての役割もまったく違いますね。設立当初は集患のため、ひたすら地域の施設へ営業して回る日々でした。けれど当時は私自身、医療業界や在宅医療についてほとんど無知。そんな人間が出向いて説明してもなかなか伝わらないですよね。今振り返ると、あまり賢いやり方だったとは言えないかもしれません(笑)。

ただ知識は浅くても、在宅医療の重要性というか、いかに必要とされているかということは最初の訪問同行の際に強く実感しました。患者さんのお宅に医師と伺ったところ、患者さんのお母様や娘さんの、先生に対する感謝の思いがありありと伝わってきたんです。遠矢院長や松原アーバンクリニック院長の梅田耕明先生といった先生方の診療を間近で見て、医師としてはもちろん、一人の人間として患者さんやご家族と向き合う姿に心を動かされました。

医療者一人ひとりが輝ける舞台をつくる

──クリニックやドクターの価値観が、村上さんの「社会に貢献できる仕事をしたい」という思いと一致していたんですね。一方、異業種からの転職ということで、当初はご苦労もあったのではないでしょうか。

やはり、医療者の視点や価値観というものがある程度つかめるようになるまでは、苦労しましたね。どんな点にやりがいを感じ、モチベーションを見出すのか当初はなかなか理解できず…。そのため、どう医療者をサポートすればいいのかもよくわかりませんでした。

個人的には、事務長というのは芸能事務所のマネージャーのような存在だと思っているんです。一口にタレントと言っても、「音楽をやりたい」「演技をがんばりたい」など方向性はさまざまですよね。それと同じで、医療者もたとえばターミナルケアに関心の高い方、認知症に注力したい方など、やりたい領域やゴールは千差万別です。一人ひとりの個性を見極めて、本人がやりがいを感じながら働けるよう、業務をカスタマイズしたり環境を整えたりすることが、私たち事務職の役割だと思っています。

──本人の意思を尊重し、サポートを行うことを重視されているんですね。桜新町アーバンクリニックでは、スタッフ発のアイデアで様々な取り組みを行っていると伺いました。

はい。在宅版肺炎クリニカルパスの作成や全スタッフ参加の勉強会、地域セミナー、遺族会「こかげカフェ」…いずれも、スタッフが自ら企画し、実現した取り組みです。

たとえば、昨年から年に1回開催している、「こどもドクター体験」もその一つです。患者さんや連携先と顔の見える関係をつくるために、「行政や薬局と一緒に地域向けのイベントをやってみたい」という声がスタッフからあがったことをきっかけに実現しました。イベントの内容・募集方法を考えるところから、連携先との調整や当日の会場の飾りつけまで、全てがゼロベース。スタッフみんなでアイデアを出し合い、形づくっていきました。行政や薬局の方々のご尽力もあって、イベントは大成功。外来部門と在宅部門が協働したことで、チームの結束力も高まりました。

こんな風に、スタッフの「やりたい」を応援し、いかにその人を輝かせるか、というところは、事務長の重要な仕事だと思っています。院長をはじめ、クリニック全体でも互いにそれぞれの「やりたい」を応援する風土があるからか、離職率はかなり低いですね。

経営の質を追求するのは事務職の仕事

──個々の取り組みを応援することで、結果的に組織としてのアウトプットにも結びついているのですね。一方で、全ての取り組みが必ずしも経営面での利益には直結しないかと思いますが、その点はどうお考えでしょうか。

経営指標を現場スタッフに落とし込んで追いかけさせるということはしていません。それは私たち事務職の仕事であって、患者さんを支える医療者に利益追求を求めるのは筋が違うと思います。これは前職で飲食店を経営する中で学んだことです。もちろん、やり方は医療機関によって様々かと思いますが…。収支は当然チェックするけれど、クリニックの方向性と合致している取り組みは、多少の赤字でも実行しています。

クリニックの方向性とあまりにも乖離している取り組みはストップをかけるかもしれませんが、基本的にはスタッフの「やりたい」を否定するのではなく、どうすれば実現できるかを一緒に考えよう、というスタンスです。 “患者さんのため”“地域のため”という発想はみんな共通して持っているんです。ですから、スタッフが「やりたい」ということは、目先の利益には直結しなくても、長期的な視点では地域の医療に貢献できると思っています。

──事務職のキャリアについてはどのようにお考えですか。

医療機関によって求められる役割や業務内容もまちまちでしょうから一概に言えませんが、やはり結局は「自分が何をしたいか」を軸に考えるしかないと思います。そのためには、時にこれまでのやり方を大きく変える必要もあるでしょう。どんなに手を尽くしてもうまくいかない、というときには、そもそも今いる環境が自分にフィットしていない可能性もありますから、一度フラットな視点で、現在の業務や職場環境を顧みてみるといいのではないでしょうか。

職員の定着率を上げるには、彼らが目の前の仕事に対してやりがいやモチベーションを感じられるかが重要です。つまり、いま自分のやっている業務が価値あるものとして相手に提供できていると思えるかどうか。そうやって“自分ゴト化”できれば、仕事は楽しくなるはずだと考えています。

──最後に、村上さんご自身が今後やりたいことを教えてください。

やはり医療者が主役なので、私自身は黒子としてサポートに徹することにやりがいを感じます。ですから、個人的な目標達成というよりはスタッフやクリニックのチャレンジを支えることに今後も注力したいですね。

これから、在宅医療や地域医療のニーズはさらに増していきます。その中で、当院は規模を拡大していくのではなく、外来から在宅医療、訪問介護や介護を統合的に運営し、地域医療やケアの拠点としてひとつのモデルケースをつくれればと考えています。また、そうした動きが広がって、全国に同じような診療所が増えていけば嬉しいです。そのためには地域活動も増やしていきたいですね。たとえば、認知症カフェの運営などもそのひとつです。というのも、これまでの認知症支援の取り組みが評価され、2018年度から世田谷区より認知症事業を受託しました。2020年度の認知症在宅生活サポートセンターの開設に向けて、より地域に根付いた支援のあり方を模索していきたいと考えているところです。人の動きが流動的な都心部では、認知症カフェの運営は地方より難しい部分もありますが、住民の方々にとって、より気軽に相談できるコミュニティづくりの第一歩になるのではと考えています。

結局、地域からの信頼を得るには、まっとうな取り組みを積み重ねていくしかないと思うんですよね。集患のためにとか、クリニックのPRのために小手先の施策を打つのではなくて、地域が本当に必要としていることにいかに応えられるか。一つ一つの課題にきちんと取り組めるか。そこにスタッフが一丸となって注力することが大切です。そのために私ができることを、これからも探っていきたいと思います。

<取材・文:角田歩樹/取材・写真:浅見祐樹>

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