事務部門の経営人材を育成する際に留意すべき5つのポイント―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(13)

病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

経営人材育成の本気度が、組織の将来を左右する

病院長が「経営人材の育成」にどれだけ本気で取り組めるかは、組織の将来のパフォーマンスを大きく左右します。経営人材の職種や役職は様々だと思いますが、多くの組織では事務職員が中心となるでしょう。

病院経営において事務部門が果たす役割は重要です。

では、経営人材になるためには、どのようなスキル・経験を身に付ければいいのでしょうか。

医事業務に精通していたり、総務で活躍していたりすれば、経営人材になれるわけではありません。特定の分野を極めた専門性と、専門外のあらゆる分野への幅広い知見が求められます。いわゆる「T型人材」です。

組織の規模・機能にもよりますが、重要な経営資源である「カネ」と「ヒト」に関連する複数のキャリアを積んだ上で、それらを掛け合わせ、多面的なものの見方・考え方ができる人材が理想的です。

これは医事、経理、あるいは給与計算の経験があるという意味ではありません。「どうしたら収益性を高められるか」「どうしたらヒトのモチベーションを上げることができるか」「どのようにヒトを導けるか」という、上位概念を想定しています。

ただ、言うは易く行うは難しいものです。

今回は「優秀な経営人材を育成する際に留意するべき5つのポイント」をお伝えしたいと思います。

1.「将来活躍できそうな人材」をトップ自ら選ぶ

まず1つ目は、経営人材の候補者の選び方です。

これから育成するのですから、今活躍している人よりも「将来活躍できそうな人材」を選びましょう。

その要件は、以下の2点です。

  • 医療に一定の興味があること
  • コミュニケーション能力があり、現場に溶け込めること

ただし、現場に迎合しない意志を持っている人が望ましいです。

育成対象となる人材を探すとき、事務部門であれば事務長(事務部長)に「誰か推薦してくれ」と頼みがちです。ただ、この方法で適任者が選ばれるとは限りません。

年次や役職などを度外視して、トップが「この人だ」と思った相手を選ぶべきなのです。

もちろん「周囲を見渡しても候補が見つからない」ということは少なくないでしょう。しかし、人材を発掘するのも経営者の役割。私は様々な組織で経営幹部職員の研修を実施してきましたが、「組織の中で活かされず、日の目を浴びていない優秀な人材は少なくない」と実感しています。人材発掘のために院内の育成研修などを実施することも有効です。

それでも組織内に適任者が見つからなければ、他院、あるいは異業種からの中途採用も検討に値します。

また、事務部門で優秀と評価される方は総務畑を歩むケースが多いですが、候補者がそのようなキャリアの場合は、より医療の中身に接する機会を持たせることが望ましいです。

提供サービスの内容を熟知していなければ、具体的で説得力のある課題解決策を提示することはできないからです。総論だけでは、組織は動かせません。各論にまで落とし込める人材を育てる必要があります。

ただ、1人で提供する医療すべてを把握できるわけではありませんから、複数人で協業できるような環境をつくりましょう。

2.ビジネススキルを習得させる

2つ目はビジネススキルを習得させることです。

病院職員は一般的にビジネススキルが低い傾向があります。

院内スタッフから経営人材を育てる場合は、データ分析、そのためのPCなどの操作、プレゼンテーションといったスキルを徹底して学ばせるべきです。基礎体力がなければ、速く長く走れるようにはなりません。

組織によっては短期のビジネススキル研修を実施することもあるようですが、一朝一夕で身に付くものではありません。使いこなすためには体に浸透するまで繰り返し鍛錬が必要です。実際の業務を通じてスキル習得するOJTの仕組みがあるといいでしょう。

3.他流試合を経験させる

3つ目は、他流試合を経験させることです。

院内の職員は視野が狭くなりがちですから、視野を広げるための戦略的な育成が必要です。

MBAや、私が塾長を務める「ちば医経塾」のような経営を学べる場に通ってもらったり、他院やコンサルティング会社などに一定期間、留学させたりするのも有効でしょう。

外の世界で学ぶことはいい経験になり、自信につながると思います。

経営人材にとって、外部と交流し、情報交換できるネットワークを持つことは極めて重要です。できれば職種の壁を超え、多職種で意見交換できる環境・人脈を持たせたいものです。

中には「病院管理系学会などで発表する機会を与えてはどうか」と考える病院長も少なくないでしょう。1つの経験ではありますが、それだけで高い効果が期待できるほど病院経営は甘くありません。実践に身を置くことが最も重要です。

4.創造的な業務に従事させる

4つ目は、創造的な業務に従事させること。

事務職員は、会議資料の作成、会議の設営、議事録作成などのルーティンワークが多い職種です。もちろん、会議から学ぶことも多いですし、有意義な経験ではあります。しかし、「計画におけるグレシャムの法則」として知られるように、目の前のルーティンワークに忙殺されると、経営人材が本来取り組むべき創造的な業務が後回しになってしまいます。

育成時期はルーティンワークから解放し、より創造的な業務に専念できる環境を整備することが望ましいでしょう。

その上で、経営人材がトップマネジメントに定期的に提案できる機会と、経営陣との密なディスカッションを実施できる環境をつくりたいものです。「優秀な人材は経営陣が育てる」という意識が大切です。

経営人材からの提案が的外れにならないためには、お互いの考えや認識のすり合わせが必須ですし、意見交換から次のアイディアが出てくることも多いでしょう。

最も重要なのは、経営人材に「自身の役割は意思決定ではなく、提案」ということを認識させることです。意思決定は、医療の質と経済性のバランスを踏まえ、病院長が行うべきです。 経営人材も企画部門などに長く所属すると独善的になったり、経済性を重視しすぎたりして、医療人としての倫理観に沿わなくなる懸念があります。「経営は事務に任せておけばいい」という声も耳にしますが、委ねすぎないよう注意が必要です。

5.方針が合わないときは、手放す覚悟を持つ

最後は、せっかく育てた経営人材でも方針が合わない場合は、手放す覚悟を持つことです。

経営陣とその参謀役である経営人材には信頼関係が不可欠ですが、長く一緒に仕事をしていると方向性が合わなくなることもあります。

優秀な人材ほど外の世界から情報を得て、自院に新たな空気を入れたいと考えるようになりますから、トップと意見が合わなくなる可能性は十分考えられるのです。

そこで大切なのは、自身と異なる意見だからといってすぐに却下するのではなく、膝をつき合わせて議論を尽くすことです。

ただ、どうしても合わない時は、別の人に委ねることも検討しましょう。配置換えなどで人事を考え直すという選択肢もあります。その結果、その方が組織を離れることになったとしても、優秀な経営人材を欲する病院は多数ありますから仕事に困ることはないはずです。

人材育成は、「病院長のパフォーマンスや考え方次第で、育てた人は旅立っていく」という緊張感を持って臨んでください。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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