病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。
著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長
目次
病院長にしか見えない景色(世界)がある
病院長という仕事は魅力的で面白さにあふれています。自らが描いたビジョンを組織の皆が一生懸命実行してくれる姿に、胸を打たれることもあるでしょう。
ただ、同時に病院長の歩む道のりは困難でもあります。組織が一丸となることは容易ではなく、自らの思いが伝わらないジレンマを感じることも少なくないと思います。
そしてなにより、病院長は孤独です。
就任してすぐに、自分にしか見えない景色があることに気付くはずです。
病院長就任前は副病院長、あるいは診療科などの部門代表だった方が多いでしょう。仮に筆頭副病院長という位置付けであったとしても、病院長とは立場が全く異なります。自分の担当業務をうまくまわすことが求められる役割から、全体最適を志向し、それに向けて組織を動かす役割に変わるのです。
院内から入ってくる情報も異なります。今まで接点がなかった部署から、要望も含め大量の情報が入ってきます。
連載第3回で言及したとおり、皆が本当のことを言うわけではなく、取捨選択が求められます。一方で、耳を傾けなければ、「あの病院長は」と周囲に批判の声が渦巻いてしまうリスクもあります。「あの人に何を言っても変わらない」と思われれば、求心力は失われます。
また、情報は組織内部だけでなく外部からも提供され、より繊細な取り扱いが求められることもあります。
特に組織の規模が大きくなるほど、役員会なども含め外部者からの要望が大きくなり、それを無視すれば自らの立場にも影響を及ぼす可能性があります。内部と外部の情報に矛盾をはらんでいれば、どう動いてよいか迷いが生じ、何も決断できない状況に陥ってしまうかもしれません。
病院長は全ての責任を負う立場にある
病院長は、どのような状況にあっても、最終的に全ての責任を負う立場にあります。言い訳は一切通用しません。
どんなに現場経験が長いトップといえども、組織の全てを把握することはできません。特に組織規模が大きくなるほど、多様な価値観を持った人材が集い、一枚岩になりづらくなります。
病院長は、現場で起こっているほとんど全てを把握できない中、意思決定をしなければならないのです。
ある事象をきっかけに職員の大量離職が起こり、組織が立ち行かなくなるリスクもあります。そんなときには病院長としてどう対応するべきでしょうか。
優秀な職員を外部から招聘することも病院長の役割の1つですが、まずは既存の戦力を前提に、最大限のパフォーマンスを発揮することが求められます。
さらに組織内部だけでなく、刻々と変化する外部環境に目を向ける必要があります。
いい時に病院長に就任すれば追い風に乗れますが、診療報酬のマイナス改定、コロナ禍、物価高騰など、極めて厳しい時期はあります。思うようにいかないことも多いはずです。
ただ、どんなときも「今がよければよい」という発想ではいけません。未来を見据えて組織を牽引するのが病院長の役割です。
孤独な病院長を支える存在とは
病院長は気丈であろうとするあまり、本音で相談できる相手が限られてしまうことも多いようです。特に院内の職員には、弱いところを見せられません。病院長に限らず、組織のトップに立つとはそういう面があります。
組織として望ましいのは、副院長や看護部長、事務部長などの幹部が、病院長を支えてくれることです。ただ、ここでいう「支える」とは、決して病院長に迎合することではありません。病院長と、公式・非公式のコミュニケーションを密にとることです。病院長がこんな存在を幹部として登用できるかどうかは、組織の一体感に大きく関わります。
一方で病院長は、幹部からの情報や提案を真摯に受け止める必要があります。そうでない素振りを少しでも見せれば、求心力は容易に失われます。病院長自らが、心から信頼して登用した人物だったとしても、です。
そして経営企画部門などの経営参謀の役割も大切です。
刻々と変化する環境において、病院長の方針が常に正しいとは限りません。客観的なデータを提示し、それを基にディスカッションするパートナーの存在は不可欠です。そのようなパートナーがいてこそ、リーダーは輝くのです。
あの病院長はリーダーシップがある、などと賞賛されることがありますが、その背景には、優れた経営参謀の存在が欠かせません。
最後に病院長1人の力には限界がありますから、第三者を有効活用することも忘れないようにしましょう。声の大きい院内の〇〇先生、開設者である理事長や首長など、頼れそうな人はいないでしょうか。
頼る第三者として理想的なのは、客観性があり、他院などの状況を熟知している人です。
広い視野から客観的に自院を見てくれる人を重要な場面で重用すると、思わぬ力を発揮することがあります。自分自身がどんなに声高に力説するよりも、効果的な場面があります。
病院長として、孤独感にさいなまれることもあるかもしれません。そんなときは、広いネットワークを構築し、良き相談相手を見つけましょう。おすすめは、同じ立場にある他院の病院長。貴重な相談相手になり得る有力候補です。
【筆者プロフィール】
井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。
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