野々下みどり(ののした・みどり)
株式会社LHEメディカルコンサルティング代表取締役。熊本大学法学部を卒業後、約20年間にわたり社会医療法人社団シマダ 嶋田病院に勤続。その間、医事課長、診療情報管理課長、情報システム課長、診療支援部長、企画広報部長を歴任。2018年、医療福祉の経営コンサルタントとして起業し、現職。医療経営・管理学修士(九州大学大学院医学系学府)、診療情報管理士指導者の資格を持つほか、日本診療情報管理士会評議員などを務める。
ミスした職員をかばい、指導をしない事務長
私は病院事務を経験後、医療経営コンサルタントになったので、事務部門に課題を感じる病院や幹部から相談をいただくことが少なくありませんが、先日はある病院の看護部長から声をかけられました。
「誰か良い事務長、ご存知ないかしら。しっかり事務部門を教育して牽引できるような……」
「事務長に何かあったのですか?」
「うちの事務長はね……。スタッフにいい顔ばかりしてダメなのよ。この前、医事課の職員が患者さんに迷惑をかけるようなミスをしたんだけど、事務長は『俺が守ってやる』とばかりに職員をかばって、その職員に指導もしないの。職員それぞれが自分の役割を果たせるように、指導・教育するのが事務長でしょう。『守る』の意味を勘違いしているのよね。だからうちの事務部門は弱いのよ」
リーダーはスタッフから信頼される人材であってほしいし、牽引力・統率力を持っていてほしいもの。もしかしたらこの病院の医事課職員にとっては、自分たちを擁護してくれたこの事務長は信頼できる「良い事務長」で、「ついていこう」と思うのかもしれません。しかし……、ですよね。
事務長が守らなければならないのは、失敗した職員ではなく、病院の経営の根幹である「患者さん」。スタッフも、患者さんがいてこそ役割を発揮できるのです。この看護部長の目には、事務長がそこを理解していないように映ったのでしょう。
「スタッフみんなにいい顔をする」けど「デキる」事務長
一方で、同じように「スタッフみんなにいい顔をする」と言われているのに、「デキる事務長」と評価される人もいます。
最近、ある組織の職員同士のトラブル解消に向け動いていたのですが、気が重く、友人につい「ああ、どうしよう」とこぼしていました。友人の口から出てきた言葉は「そういえば、うちの事務長はデキる人だよ」。私は「デキる事務長」に興味を持ち、「どんな方?」と尋ねると、「うちの事務長はね、職員みんなにいい顔するの」と返ってきました。
友人:例えば職員が事務長に意見や愚痴を言ったとするでしょう? そしたら「そうかそうか、よく分かった」「うん、うん」っていう感じで話を聞くの。でも事務長が実際に何かしてくれるわけじゃなくて、それ以上深くは関与しないし、だいたい放置しているんだけど、なぜか問題が自然と収まっていくのよ。意見や愚痴を言いに来た職員たちが話すうちに落ち着いていくのか、職員たちにさらっと方向性を示してくれるのか、気付かせてくれるのかわからないけど。だから、あなたも「自分が何とかしないと」って思いつめずに、職員たちの話をとりあえず聞いておけばいいんじゃない?
私は「ああ、なるほど」と肩の力が抜けたのと同時に、前の職場の上司を思い出しました。
その時の私は仕事に悩んでいて、悲しかったのか、怒っていたのかあまり覚えていませんが(結局その程度の気持ちだったとも言えますが)、とにかく感情的になっていました。上司である事務長のところへ行き、その気持ちをぶつけたら、こんな言葉をかけられたのです。
「野々下、落ち着いて。人間の感情には浮き沈みがあるじゃない。1日の中でさえも変わるでしょう。今はそう思っているかもしれないけれど、少し置いたら、気にならなくなったり、そうでもなくなったりするから大丈夫」
その言葉を聞いた時は、「部下がこんなに苦しいと言っているのに、何が大丈夫なの。全然解決してくれない」「何て人なんだろう」と呆気にとられました。しかし時間が経つと、上司が言うように不思議と気持ちが落ち着き、「ま、いいか」と思えてきたのです。人は感情が高まった勢いで、周囲に何かを訴えるものです。しかし、多くの場合その感情の高ぶりは一時的で、しばらくすると「たいしたことなかった」と思うようになります。(もちろん、時間がたっても気持ちが収まらない案件もあるでしょうが)
組織には人が集まるので、どうしても“揉め事”は付きものです。そんな場所で、事務部門のみならず病院全体を統括しなければならないのが事務長です。その元上司の所にも、各部門からさまざまな揉め事・相談・報告が上がってきましたが、それぞれにいい顔を見せながら、「大丈夫、大丈夫」と受け止めてきたから、あれだけの案件を納められていたのだな、と改めて思いました。
事務長、自分のこともしっかり守って!
さて、これまでお話してきた事例からもわかるように、事務長という立場は、感情が高ぶった部下・上司から、あれやこれやと訴えられる機会が多いことでしょう。
そんな事務長に私がお伝えしたいのは、「自分を守る」ことも忘れないでほしいということです。自分にも「いい顔」をしてください。真面目な方こそ、それは「逃げ」なのではと思うかもしれません。しかし、常日頃さまざまな案件を抱えている事務長には、スタッフや組織のためにも「余裕があり、明るく元気な状態」でいていただきたい。その状態をキープするために、ぜひ自分のことも守ってください。
私も「余裕・明るさ・元気」を持っていなければと思いつつ、心身ともに疲れるとどうしてもイライラが溜まってきます。そうすると気にはしていても周囲に対する口調が強くなってしまい、そのことを反省して嫌になって、さらに疲れてしまう。その悪循環に陥ってしまいます。また、疲れた状態では処理能力も落ちませんか。自分のいい状態を保つために、最大のパフォーマンスを発揮できるためにはどうすればいいか、模索してみましょう。私も最近は「周りのみんなのために、休む」ということを心がけています。
太陽からポカポカの日差しを浴びると、スタッフは自ら動きだす
「北風と太陽」というイソップ童話をご存知ですか。北風と太陽が、通りすがりの旅人の上着をどちらか先に脱がすことができるか競争する物語です。強い北風が吹くと、旅人は身構えて上着を飛ばされないようにしますが、太陽のポカポカとした日差しには自ら上着を脱ぎます。
職場も同じ。スタッフが自ら動ける職場には、ポカポカの日差しが注がれています。仕事柄、多くの医療機関や会社と関わらせていただいていますが、職場の雰囲気というものは、受付に立った時点で分かるくらいに、それぞれ全く異なります。
皆さんの職場では、太陽は組織の真ん中にいる事務長、リーダーです。皆に温かな日差しを分け隔てなく与える存在であってほしいと思います。
今年は診療報酬改定もあり、年明けから忙しくなることでしょう。新型コロナウィルス感染症の流行も、まだまだ安息の日々を与えてはくれないようです。
いろいろありそうな2022年。まずは自分自身をしっかり守り、太陽のように安定した存在でいてください。
≪≪【第28回】“ちょっとダメな事務長”の存在が、組織にとってプラスになる!?―事務長の悩みは99%解決できる
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