野々下みどり(ののした・みどり)
株式会社LHEメディカルコンサルティング代表取締役。熊本大学法学部を卒業後、約20年間にわたり社会医療法人社団シマダ 嶋田病院に勤続。その間、医事課長、診療情報管理課長、情報システム課長、診療支援部長、企画広報部長を歴任。2018年、医療福祉の経営コンサルタントとして起業し、現職。医療経営・管理学修士(九州大学大学院医学系学府)、診療情報管理士指導者の資格を持つほか、日本診療情報管理士会評議員などを務める。
リーダーを育てようとしていますか?
青葉に変わるこの季節。前回のコラムで「スタートにはぴったりの季節です」と書きましたが、花粉症や黄砂でムズムズしますし、寒暖の差も激しく、正直に言うと私にとっては「過ごしやすい」とは言い難い日々を過ごしております。新型コロナウイルス感染症も収束が見えない日々が続いていますね。
新年度から1カ月が過ぎようとしておりますが、組織もまだまだ慌ただしい状況ではないでしょうか。人事や人材に関することは、慌ただしくない時期があるのかは甚だ疑問ですが、私のところにも最近頻繁に次のようなお問い合わせが来ております。
「医事課長の経験者いないかな」
「事務組織が弱いんだけど、教育・マネージメントができる事務長いないかな」
残念ですが、すぐに勤務可能な人材はいないのが現実です。そういう方は、すでにどこかで勤務していますし…。
お困りの内容を尋ねると、原因は以下の点にあるようです。
- その組織に、リーダーになれるような人材がいない
- 院長や事務長が、医事(専門的な業務)のことが分からないから、指導できない
でも、果たして本当にそうでしょうか?
「リーダーになれる人材はいない」
そう言っている方は、まずリーダーを任せてみたのでしょうか。いえ、単に任せるだけではダメです。リーダーになるための教育をしたのでしょうか。そもそも経営者が、その組織でリーダーに求めるものを明確に示しているのかも大事です。
「医事(専門的な業務)のことが分からないと事務長や院長は口が出せない」
事務長や院長が教えるべきは、専門的な知識なのでしょうか。
スタッフ面談で、最初に問いかけていること
「今一番気になっていること、モヤモヤと感じていることは何?」
私が運営に携わっている施設のスタッフに実施する面談の大半は、この言葉でスタートします。「課題や問題点は何?」とはあえて聞かずに、相手から自然と言葉が出てくるように心がけています。
先日、あるリーダー(中間管理職)とも面談をしました。
実はこの方は、リーダーとしての采配がうまくいっていないと現場で問題になりつつありました。本人が自覚できていない課題があり、我々管理職もその課題に対してなかなか寄り添えていなかったのです。
そんな状態で実施した面談時のエピソードを紹介します。
リーダー:「日々の業務が回っていません。スタッフによって温度差も感じます。温度差を無くそう、スタッフが同じ方向を見られるにしようと思っていますが、正直難しくて…。どうすればいいのか、方法が分かりません」
周囲のスタッフだけではなく、自分を含めて話しているように感じたので、質問を重ねました。
私:「日々の業務を回せていないことと温度差は、どんなときに感じるの?」
リーダー:「私は空いた時間があれば、明日の仕事について考え、その準備をします。しかし、他のスタッフは今日の仕事のことしか考えていないんです」
私:「他のスタッフに、明日のことも考えるように促してはいるの?」
リーダー:「促しはしますけど、指示された業務を、積極的にではなく、仕方なくしているように見えます。モチベーションの差なのでしょうか……」
私:「モチベーションの差と感じるのはなぜ?」
リーダー:(しばらく考えて……)
「いえ、私の伝え方が悪いのだと思います。伝えたつもり……。実は以前、スタッフにある提案をした時に、トラブルというか揉めるというか……、嫌な雰囲気になってしまったことがあって。それ以来スタッフにあまり提案をできていませんでした。そうですね、自分が言えていません。特に何のためにそれをやるのか、目的を伝えられていません」
私:「そう。話は変わるけれど、あなたはなぜ、明日のことをやろうと思うの?」
リーダー:「新しくやりたいことのために、時間を空けたいんです」
私:「その新しいことはどんなことで、いつからやろうと思っているの?」
リーダー:「……」
「何か新しいことに取り組んで、職場を良くしていきたい」「何かをしなければ」という思いで、そのための時間を空けなればと焦っていたようですが、それがどんなことで、いつ始めるのかは曖昧だったようです。
私:「『何を、いつまでに、どこに向かって、どのくらいやらなければならないのか』が分かっていないと、今、するべきことは明確にならないよね。それは、スタッフも同じではないのかな。『ただ走れ』と言われても、どのくらいのペースで走るのか、どこを目指せばいいのか分からないでしょう」
悩みの答えは、本人の中にある。問題は、どうやって気づいてもらうか
リーダーの悩みの答えは、本人の中にありました。この面談を通して、そのことに気づいてもらえたので、「他のスタッフへも、目的と共に明確な時期や量の『目標設定』を伝えてみては」とアドバイスしました。
以前も述べましたが、悩んでいるときや迷っているとき、たいていの答えはその人の中にあります。しかも、本人は気づいていないことが多いのです。
相談を受けた側は、本人が最初に言った「気になっていること」や「困っていること」について、解決策を提示しがちです。例えば、先程の「スタッフの温度差について」という悩みに対して、個々のスタッフへの教育・指導方法をアドバイスする人もいるかもしれません。
しかし、このリーダーにとって最も大事なのは、「自分がほかのスタッフに伝えられていない」ということへの気づきです。そして、なぜ言えていないのか、なぜ言わなければならないのか、を自分の中へ落とし込んでもらうことが必要なのです。
“説得”する指導から、“納得”できる指導に変えていきませんか
私は専門学校で診療情報管理科の非常勤講師もしており、病院勤務の実務経験者として学生に指導をしています。今までは「診療情報管理士は、データに意味づけをして、情報を武器に、人を説得して人を動かす人材だ」と伝えてきました。しかし、本年度からは、説得ではなく納得させるスキルが必要だと感じ、そのように言い換えています。
「なるほど、そうすれば上手くいく!」と納得していただく材料(情報)を準備し、それを聞いた者が自らより良い状態にしていけるようにすること。説得するのではなく納得してもらい、自分から動けるように促すスキルが重要なのです。
優秀な人材確保のためには「急がば回れ」
優秀な医事課長や事務長(何をもって優秀というのか、何を求めているのかの定義がそもそも重要ですが)はすぐには見つかりませんし、“優秀”な方が入ったとしてもいい組織になるとは限りません。であれば、すでに働いているスタッフに火を付けるというのも、かなり重要な打ち手の1つです。
想いを同じくする人材を増やしていく。急がば回れ。
これは私にとっても、これからの課題です。
病院勤務時代はスタッフを「やればできる」と信じ指導していました。当時は「ダメな私でもできたのだから、きっとあなたにもできる」と思っていたのです。今思えば自己肯定感が低い、余裕のない焦りの中での指導ですね。スタッフからすると、いい迷惑でしかなく、嫌な思いをたくさんさせてきました。彼らに対する懺悔のような思いが、今の私の根底にあります。ですから、今はその人の中にある「火」をつけようと思っています。
先日、病院勤務時代のスタッフの一人から手紙が届きました。
当時の私への皮肉のような言葉とともに感謝の言葉が綴られており、思わず笑ってしまいましたが、うれしさとともに安堵感もありました。恨まれているだけではなかったんだ、と。そして、「もっと優しく伝えればよかった、説得や押しつけではなく、納得して動けるように伝えればよかった」という後悔も……。
まだ遅くはありません。事務長、あなたも私も永遠にそこにいられるわけではありません。組織が繁栄しながら存続するために、今いるスタッフに火をつけませんか。ゆっくり燃え続けてくれる火を一緒に育てませんか。
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