目線がバラバラの職員たち…事務長がチーム力を高めるには?【解説編】:病院経営ケーススタディvol.6


病院で働くスタッフの多くは医療専門職

病院という組織では医療職がその大半を占めています。おそらく多くの病院において、医療職と事務職の割合は8:2〜7:3くらいではないでしょうか。

医療職は資格取得のために専門の養成校や大学に進学し、多くの授業や実習などの単位を取得することで国家試験受験資格を得て卒業し、その上で国家試験に合格して初めてスタートラインに立つことができます。この大変な過程を通して、医療のプロフェッショナルとして治療やケアの提供にアイデンティティーを見出します。そのため、臨床現場で知識・技術を高め患者さんに提供する、あるいは研究機関で専門性を高めることなどにやりがいを感じる方が多いのではないでしょうか。

要するに、医療職のモチベーションの根源はあくまでも質の高い医療提供にあって病院運営ではない、という前提があるのです。これが病院における組織マネジメントの難しさにもつながっています。経営幹部の方針と現場の意識が乖離しがち、あるいは経営方針に現場が否定的という光景は残念ながらあまり珍しくありません。

また、医療職と両輪となって病院経営を支えるべき事務職のキャリアパスも未発達です。病院は医療を提供する医師やコメディカルを主体としており、事務職が裁量を発揮する場面はこれまであまり多くありませんでした。S事務長も、総務課時代はサラリーをもらうために業務をこなすのみで、特に組織づくりや病院経営には興味がなかったようです。また、事務職にも人事や経理、診療報酬、法律や企画など様々な専門性があります。本ケースの医事課長のように、病院経営というより一部の専門領域をひたすら追求することにやりがいを感じる職員もいるでしょう。このように、事務職のキャリアパスや教育が確立されていない中で、経営視点をもち組織を引っ張っていける人材の育成が進みにくかった、という側面もあるかもしれません。

いずれにせよ、病院組織において経営層と現場が同じ方向を向き改善と成長を重ねていくためには、職種横断的な組織づくりの取組みが非常に重要なのです。

設問:あなたがS事務長だったら、どうやってチームビルディングに取り組みますか?

チームビルディングにおける5つのステップ

それでは、実際にチームビルディングに役立つ考え方や代表的なフレームワーク、私なりの見解をご紹介したいと思います。

チームビルディングとは文字通り、一人では成し遂げられない目的や目標を達成するためにチームを作り上げることです。このため、スタート時点で共通の目的・目標を持つマインドセットが重要です。それがなければただの個の集合体でしかありません。たとえば、X病院では意思決定者たちの目的や目標は一致したものの、実働フェーズでは現場から否定的な声もあがりました(vol.24を参照)。これは、病床転換の目的を十分に現場スタッフに共有できていなかったことが主要因でしょう。

チーム形成の過程については「タックマンモデル」というものがあります。これは、心理学者のブルース. W. タックマンが1965年に提唱した、チームビルディングにおける4つの発展段階です。その後、1977年に新たに1段階を加え、現在では5段階の発展順序であるとされています。

それぞれの過程の特徴やリーダーに求められる行動は以下のとおりです。

(1)形成期

  • チームが結成されたばかりの状態で不安や緊張、遠慮が見られる
  • 一見なごやかな雰囲気でも、メンバー同士で価値観の共有が十分にできていない
  • リーダーはお互いのコミュニケーションを促したり、プロジェクトの目的を明確に伝えたりすることが求められる
  • その上で、ゴールの達成手段や共同作業の進め方について、丁寧にイメージをすりあわせることが大切
  • 病院では、事務職員がプロジェクトリーダーの場合はそのことをメンバーに対し明確に示しておくことが大切。そうしないと、診療上のリーダーである医師の意見にメンバーが流されてしまう可能性がある

(2)混乱期

  • チーム形成において、最も重要なフェーズ
  • この過程がないとお互いに本音を出せず、協調関係や相乗効果が得られにくいため成果が小さくなってしまう
  • 意見や主義・主張の衝突が生まれ一時的にチーム全体のモチベーションは下がる
  • リーダーはメンバーの業務や人間性について相互理解を促すとともに、どうすれば課題を解決できるか、トップダウンでなくメンバー全員で意見を出し合いアプローチ方法を考える場を設けるなどの工夫が求められる
  • そもそも目標に対する理解が食い違っていることがあるため、都度前提に立ち返ることが大切
  • 事前に発言力のある医師に根回しし、メンバーが共通の目標に向かうよう働きかけてもらうのも有効

(3)統一期

  • 達成すべき目標がメンバーに共有され、メンバーの役割やチーム規範が明確になる
  • それぞれの思考や行動特性への理解も進み、徐々にチームとして機能するように
  • リーダーはチーム内でのルールを明確にするとともに、メンバーがより協力し合えるよう、信頼関係の構築に注力する

(4)機能期

  • 目標達成に向け成果が出始める
  • リーダーは引き続き相互理解を促すとともに、メンバーにある程度の権限を委譲するなど、個々の主体性を伸ばし自立をサポートするような働きかけが求められる
  • プロジェクトの場合は、目標が達成されたら必ず解散宣言を行う

現状、X病院の病床再編プロジェクトではまだ職種によって目線合わせが十分にできていない印象なので、(2)の混乱期に該当すると考えられます。今後、スムーズな転換・運用を成功させるために、S事務長は意識的に小さな単位のプロジェクトをチームに課し、多職種での議論や成功体験を積み重ねることで、メンバー間の目線合わせ・信頼関係構築を促すべきでしょう。

メンバーの特性を見極め、相互補完できるチームに

続けて、チームの特徴を把握し育成方針を考える上で役立つ「PM理論」をご紹介したいと思います。PM理論はリーダーシップ行動論の1つで、日本の社会心理学者・三隅二不二が1966年に提唱しました。

PM理論では、リーダーシップの構成要素として以下の2つを挙げています。

・P:Performance「目標達成能力」
専門スキルや業務スキルなど目標を達成する能力
・M:Maintenance「集団維持能力」
メンバー間の人間関係を良好に保ち、集団のまとまりを維持して結束力を保つ能力

この2つの能力の強弱によって、4つのリーダーシップタイプ(PM型、Pm型、pM型、pm型)に分類されます。最も理想的なのはPとMが共に高いPM型のリーダーシップですが、PM型人材は確保が難しいです。そのため、Pm型やpM型の人材をいかにPM型に育成していくか、あるいは相互に足りない部分を補完し合えるチーム編成にしていくか、がチーム力を向上させる鍵となります。
なお、メンバーをマトリクス上に配置する際にはそれぞれの能力を1人の評価で決めるのではなく、上司・部下・同僚などを交え多角的な視点から行うと良いでしょう。

チーム内にm型の人材が多い場合はチーム力強化、p型の人材が多い場合には専門スキルのトレーニングを強化することにより、全体の底上げにつながります。
医療職にPm型が多いのは先述の通りです。このため、病院組織ではM能力の弱さが課題となることが多いように思います。院内全体としてどのような育成方針を取り、M能力を強化していくかが課題になるでしょう。
ちなみに、PM理論をX病院に当てはめてみると下図のようになります。

気になるのはやはり、P能力とM能力のいずれも弱い看護師A・Bの存在です。
もし私がS事務長だったら、まずは看護師Bにアプローチします。“縄張り争いや噂話などに一生懸命”というケース内の記述から、Bは恐らく自己防衛意識が高く、チームメンバーから嫌われたり仲間はずれにされたりすることに対して非常に敏感な方なのではと推察します。こういった特性のメンバーは実は周囲に対する目配りや配慮、根回しなどに長けているため、あえてチームリーダーに抜擢し、権限・責任を委譲することで、思いもよらぬリーダーシップを発揮してくれる可能性があります。もちろん看護部長の協力は不可欠ですが、置かれた立場によって自らM能力を高めていってくれるのではないでしょうか。

一方で、職歴の長い職員の中には、業務のやり方や自分の立場が変化することに反発する方も珍しくありません。荒療治ととられるかもしれませんが、スピード感のある変革が求められる局面では、やる気のある若手の要職への抜擢とそのバックアップによって、病院全体で変革を行う本気度を示し続ける必要があるでしょう。

また、S事務長自身のM能力を強化するためには、学会や経営講座など外部研修を上手く活用するのが良いでしょう。知識吸収はもちろん、他病院のマネージャーとの交流は、同じ悩みや課題解決の経験談を共有できる場でもあります。直接利害関係のない他病院との交流は、板挟みになりやすい事務長の精神的な拠り所にもなるのでおすすめです。

今回は代表的なフレームワークを2つ紹介しましたが、人材や組織マネジメントを分析する際のフレームワークは数多く存在します。フレームワークは自身の主張を根拠あるものにするのにも有効ですが、あくまでも目標達成のために活用するものであり、 活用すること自体が目的となっては本末転倒です。また、全ての状況において適応されるものでもありません。まずはどのようなフレームワークがあり、それぞれどのような場面で用いると効果的かを考えた上で上手に活用しましょう。

<参考文献>

  • 「ビジネスフレームワーク図鑑 すぐ使える問題解決・アイデア発想ツール70」(株式会社アンド著、翔泳社、2018年刊行)
  • 「MBA流ケースメソッドで学ぶ医療経営入門Ⅱ」(渋谷明隆編著、日経BP社、2015年刊行)
  • 「フレームワークで人は動く 『変革のプロ』が使いこなす18の武器」(清水久三子著、朝日新聞出版、2014年刊行)

<編集:角田歩樹>

>>【ケース】はこちら
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