コスト高にも関わらず、“全室個室”の病院が増えているわけ─建築家が語る病院の裏側vol.2

前回見てきたとおり、時代の要請に応える形で変化し続けてきた病院建築。
気になる現在のトレンドとは?
今回は、病院建築における最近の傾向とその理由を解説します。

全室個室の公立・公的病院が増えている

戦前、特に大学病院は医局近年、公立・公的病院を中心に全室個室の病院が増えています。
その理由のひとつが高齢化です。
免疫力が低下している高齢患者の入院が増えれば、感染症のリスクも高まります。多床室では感染が広がりやすいため、対策として個室化が進んでいるのでしょう。

また、認知症の問題もあります。高齢化に伴い、徘徊する、大声を上げるといった認知症の症状を持つ患者さんの入院も増えました。そのため、防音や安全上の側面から個室を導入する病院が増えてきていると考えられます。

ただ、これまでは、ホテルのように全室個室にすることはなかなかできませんでした。その背景には、「柱」の問題があります。
日本では、コンクリート造の建築の場合、一般的に柱を6メートル間隔で建てます。これは、実は病院建築においても都合がいい数字なのです。「6メートル×6メートル」の面積を4人部屋にすると、一床当り8平方メートル強を確保できますよね。そうすると、「療養環境加算」を算定でき、経営上のメリットがあります。患者さんにとっても少し広めにスペースをとれるというので、いろいろな意味で“ちょうどよい”設計だったのです。

個室のデメリットを解消できるか


では、個室を作るにはどうするかと言えば、「6メートル×6メートル」の面積を真ん中で2分割します。そうすると、一人あたり18平方メートルの個室ができます。しかしこの設計には、2つのデメリットがありました。

一つは、4床室を2つに分けて個室にするとなると、同じ病床数を維持するには倍の面積が必要になるという点。その分、病棟部分の建設コストも2倍になってしまいます。もう一つは、面積が広くなることで、見回りが大変になるなど看護師の負担が増えてしまう、という点です。
こうしたコストや労力の観点から、全室個室にしようという病院はこれまであまりありませんでした。

そうしたなか、全室個室化に踏み切ったのが、前回も紹介した足利赤十字病院です。多床室では、部屋を男女別にしなければいけないという規則があります。このため、空床があっても必ずしも患者を受け入れられるわけではないなど、ベッドコントロール上のデメリットが生じます。その点個室なら、空床さえあればいつでも誰でも受け入れられる、というわけです。
個室の利点に着目した足利赤十字病院は、新築移転にあたりシミュレーションを行ったそうです。その結果、全室個室の混合病棟にすれば、病床は必ず埋まり、経営上も多床室よりプラスになるということがわかりました。実際に、全室個室化後の病床稼働率は100%を維持。経営は見事に回復したそうです。

個室化が公立・公的病院を中心に進んでいる背景としては、公立・公的病院が地域の中核病院として機能集約され、急性期の患者比率が高まったことが大きいと思います。これにより、高度な医療を提供できる病室環境として、より多くの個室が求められるようになったのでしょう。
加えて、これまで病床数に占める個室の割合は、私立病院では5割までだったのに対し、国立病院では2割までと、公立・公的病院では個室を多く設けられない規制がありました。この規制が撤廃されたことで、もともと病院が持っていた個室の欲求が一気に顕在化したとも言えます。

前述したように感染症対策の面でも個室のほうが優れていますし、認知症ではなくとも「隣のベッドの機械音が気になって眠れない」という患者さんは少なくないので、治療面においても個室のほうが効果的だと思います。今後、高齢化はますます進みます。総合的に考えると、全室個室を採用する病院はさらに増えていくでしょう。

ICTによって縮小するスタッフステーション


全室個室化で病棟が広くなる一方、縮小傾向にあるのがスタッフステーションです。
紙カルテから電子カルテに代わり、対面での申し送りをしない病院も出てきています。もはや、スタッフステーションにミーティング用のテーブルを置いていないところすらあるのです。「コミュニケーションの機会が減る」と危惧する方もいらっしゃるかもしれませんが、ほかの業界の動向を見ても、電子カルテの導入が進む以上は画面上でコミュニケーションを取るようになるのは避けられない流れだと思います。
このようにICT化に伴って、スタッフステーションは小さくなってきています。

電子カルテの場合、入力はベッドサイドで行えるので、看護師はいちいちステーションに戻らなくても、そのまま次の病室に向かえます。その結果、病室とステーションを往復する必要はなくなりました。個室化によって病棟が広くなっても、電子カルテを採用すれば、看護師の歩行距離はそう増えないでしょう。そういう意味で、ICT化は、「病棟が広くなって、移動などにかかる看護師の負担が増す」という全室個室化のデメリットを解消してくれるのではないでしょうか。

総合受付と待ち合いも小さくなっている

ICT化によって縮小傾向にあるのは、スタッフステーションだけではありません。外来では、総合受付と待合スペースがだんだん小さくなっています。
自動再来受付機や自動精算機が普及したことで、再診の受付や会計を総合受付で行う必要がなくなり、受付と会計の待ち時間はぐっと短縮されました。そのため、都市型の堂塔基壇型の病院のなかには、限られた1階のスペースの大部分を救急や放射線検査室にあて、総合受付はごくコンパクトにつくるところが増えています。
患者の高齢化で付き添いが増えている分、待ち合いのイスは劇的には減っていませんが、それでも総合受付の待ち合いは年々縮小傾向にあります。

このようにここ20年ほどの間にも、病院建築は社会や技術の変化を反映する形で「成長と変化」をし続けています。病院建築の変化から、現在の社会の在り様が見えてくるとも言えるのではないでしょうか。

<編集:角田歩樹>

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