恵寿総合病院(石川県七尾市、426床)は、先進的な取り組みで全国的に注目されることも多い病院です。数例を挙げるだけでも、過去には日本の病院として初めてSPD(物品物流のデータ管理)を取り入れたほか、全国で初めて医療・介護の窓口を一本化したコールセンターの導入、2017年度にはグッドデザイン賞の受賞でも話題になった「ユニバーサル外来」があります。常に変化し続けてきた理由を、神野正博氏(同院および社会医療法人財団 董仙会の理事長)は「スタッフが本来業務に集中できるようにするため」と、意外にもスタッフの働き方に着目してきたためと明かします。
医療者が本来業務に集中できる環境づくり
―恵寿総合病院では、先々代の理事長から数々の取り組みを実現してきました。特に神野先生はその傾向が強いように思います。
神野正博氏:
はい。わたしが3代目の院長に就任した翌年1994年には、SPDを日本の病院で初めて導入しました。その狙いは2つ。1つは、スタッフが本来業務を一生懸命やってモチベーションを高めてほしかったこと。もう一つは、近江商人の三方よしではありませんが、病院として社会・患者、職員、法人自身に対しバリュー(存在価値)を発揮したかったことです。
―SPDというと、効率化やコスト削減が目的に挙がりやすいと思います。もう少し詳しく教えてください。
そもそも医療者がモチベーション高く仕事ができれば結果は後からついてきます。当時は、看護師が医薬品や医療材料の在庫管理をしていました。しかし薬を数えたくて看護師になる人はいません。患者さんのお世話をしたいから看護師になるのです。在庫管理は看護師の本来業務ではありませんし、それを続ければモチベーションが下がってしまいます。その上、欠品すれば医師から「なぜ発注しておかない」と怒られるんですから、多めに発注しておく。モチベーションが低いから、管理も杜撰になってお金も場所もムダになる。
そこで最初は、看護師の皆さんに「余剰在庫を抑えてほしい」とお願いしていたんです。でも相手にされませんでした…(笑)。それはそうですよね、余剰在庫があったところで、見かけ上は患者さんも医師も看護師も困らないわけですか。そこで当時、既にスーパーマーケットなどがバーコードを使って在庫管理しているのだから、病院でも導入したらどうかと思ったんです。
SPDの導入では在庫管理を完全に外注化しました。これで看護師は本来業務に集中できるようになったんです。これは3つのバリューにも良い影響を与えました。
余計な業務から解放された看護師に対するバリューが上がり、これにより手厚い看護を受けられるようになった患者さんへのバリューも上がりました。もちろん、法人にも良いバリューがあり、余剰在庫の削減、倉庫の撤去でコスト削減の恩恵を受けられるわけです。
この第一歩の取り組みからして、実は働き方に着目したものでした。
介護職を入力業務から解放したコールセンター
―その後も、1997年には当時最新だったGUI(直感的に操作できる画面)のオーダーリングシステム、2000年には医療・介護の一括コールセンターを導入しています。
コールセンターは職員を意識して始めたものでした。よくB2B(法人向けビジネス)やB2C(個人向けビジネス)と言いますが、わたしはB2E(Business to Employee、従業員向けビジネス)と呼んでいます。
前提をお話しますと、当院では1984年から社会福祉法人による活動を始めていました。高齢化が進むにつれて、医療と介護のかかわりを意識させられることが多くなり、介護保険制度が始まった2000年を契機に、医療法人と社会福祉法人のカルテを統合しました。当時、介護現場で起こっていたのは深夜対応--たとえば吐血して救急車で運んだりするほかは、緊急性のない対応をした後の記録業務です。深夜はスタッフにとって、人数も少なくストレスが溜まりやすい。その上、パソコンに慣れてない人も多く、深夜にわざわざ入力までする必要があるのだろうかという疑問が持ち上がりました。
―スタッフの負担軽減になるということですね。コールセンターを使ってどのように記録するのでしょうか。
コールセンターに電話すると、口頭で伝えた内容を代わりに入力してくれます。内容は類型化されていてすべてにコードが付いています。診療内容に紐付いたDPCコードのようなものですね。グループ内施設の記録を一箇所で入力しますから、記録内容のばらつきを減らして、データとしても綺麗に残せます。
法人としては、医療・介護の全記録がひとつのカルテに載るメリットがあります。グループ内の全施設で一人の患者に一つのID・カルテです。だからカルテを見ると、たとえば、内科に来た後デイサービスに10回通っていて、ヘルパーが何回、訪問看護師が何回訪問しているかが分かる。集約した情報が法人の資産になっています。
自宅から検査オーダーも 医師の働き方を変えたリモートアクセス
―データに関しては、2015年にデータ仮想化とリモートアクセスシステムも開始しました。これも働き方への影響が大きそうですね。
大いにあります。リモートアクセスは院外から医師が電子カルテを閲覧だけでなく、操作もできるというものです。たとえば消化器内科の当直日に心臓の悪い患者が来たとき、自宅にいる循環器科の医師に電話すれば、その医師は検査で出た数値や画像をすべて自宅で見られますし、薬などのオーダーも出せます。駆け付ける必要があるときは、自宅から検査オーダーを出し、その間に病院に向かえば、検査待ちのタイムロスが減ります。
こうしたシステムがあることで、働き方として非常に効率が良くなります。先般の例だけでなく、当直においても同様です。毎晩30人くらいで全科当直する病院もありますが、当院のマンパワーでやると各医師が1日おきに当直しなくてはいけません。それは無理です。だから、良い医療を提供するにはリモートアクセスのようなシステムが必要になってきます。
実際のところ、医師の負担軽減に役立っています。あまり良い例ではありませんが、システムが少し不調になるだけで文句の雨嵐が飛んで「システムの調子が悪いから、自宅から走ってきた」と嘆くくらいに現場で頼られています。もう立派なインフラといえます。
このように、これまで20年以上にわたる取り組みは、一貫して「本来業務」と「3つのバリュー」に基づいています。
<取材・写真・文:塚田大輔>
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