2025年到来!地域医療構想と人口構造を概観する―病院マーケティング新時代(56)

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本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター
済生会熊本病院 経営企画部 広報室長 兼 医療支援部 医事企画室長

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行を契機に、病院経営の環境は激変しました。また昨今エネルギー価格の高騰や物価上昇といった外部環境の変化が重なり、多くの医療機関が厳しい経営を強いられています。このような時代の流れを踏まえ、本連載では今年、病院が持続可能な運営を目指すために役立つ情報・取り組みについて、取り上げます。今回はまず、新任の方向けに地域医療構想と人口構造を軸に、「これまで」と「これから」を長い時間軸で概観したいと思います。

改めて振り返る地域医療構想~2010年から2025年~

今から15年前の2010年、当時は自民党からの政権交代を果たした民主党政権の真っ只中(2009年8月~2012年12月)でした。そのような政局の中で実施された社会保障・税一体改革(2011年7月)において、「地域医療構想」の大きな方向性が示されました。その後自民党が政権を奪還し、社会保障制度改革国民会議報告書(2013年8月)の中で「病床機能報告」と「地域医療構想」の具体的な構想が打ち出されました。翌2014年には医療介護総合確保推進法が成立し、「地域医療構想」は制度化されました。厚生労働省は2015年3月、2025年の必要病床数の推計や都道府県の取り組みに関する具体的手法を記した「地域医療構想策定ガイドライン」を公表しています。ここから現在に至るまでの10年間、私たちは「病床機能報告」のデータ、二次医療圏毎の医療機能(高度急性期・急性期・回復期・慢性期)の需給予測に整合させるため、議論を続けてきました。現地域医療構想の目標年度は団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)になる2025年でした。
典型的な急性期のボリュームゾーンは一般的に60~74歳と言われます1)が、筆者の所属する済生会熊本病院では前期高齢者(65歳~74歳)に集中しています。その患者構成を前提にこれまでの15年を振り返ると、図1の通り、団塊の世代が中心となり急性期需要を形成した時期であったことがわかります。そしてその世代が後期高齢者を迎えるということは、急性期需要がピークアウトするということです。
1970年代に消費文化を切り開き、「日本のマーケットを作ってきた」とも言われる団塊の世代の高齢化は、医療市場にも大きな影響を及ぼします。遠い将来だと思っていた2025年を迎えて不思議な感覚に陥ると共に、社会の変化と病院経営の厳しさを肌で感じている方が多いのではないでしょうか。

図1「これまでの15年とこれからの15年」
図1「これまでの15年とこれからの15年」

「新たな地域医療構想」~2025年から2040年~

では、次に「これから」の15年を見てみましょう。2025年に後期高齢者となった団塊の世代は、2030年代には全ての方が80~90代となります。80代を過ぎると要介護認定率や救急搬送される割合が急上昇します2-3)。心不全や尿路感染症、誤嚥性肺炎など年齢をリスクファクターとして急増するコモンディジーズによる救急現場の逼迫が懸念されます。これが2024年度診療報酬改定など、昨今の医療政策でフォーカスされている「高齢者救急」問題です。これから先、団塊の世代は「医療と介護の複合ニーズ」に対応する市場を形成するでしょう。

一方でこれまで医療の当事者ではなかった現在50歳前後の「団塊ジュニア世代」が、今後徐々に急性期医療を必要とするようになります。これから15年後の2040年には、団塊ジュニア世代が前期高齢者(65歳以上)となり、団塊世代が90歳以上となります。さらに、医療従事者を構成する生産年齢人口(15~64歳)は減少の一途を辿ります。急性期ニーズと医療介護複合ニーズが重なり、かつ医療従事者(人手)は不足する。現在、「新たな地域医療構想」で2040年が目標年度とされているのは、このためです。
2024年12月には、「新たな地域医療構想に関するとりまとめ」が公表されました。ここでは、「『治す医療』を担う医療機関と『治し支える医療』を担う医療機関の役割分担を明確化し、地域完結型の医療・介護提供体制を構築する必要がある。」と記載されています。これから先、行政・保険者・医療提供者がいかに急性期至上主義を脱し地域を守る議論が進められるかが注目されています。病院の再編統合だけでなく、診療機能(診療科・専門分野)の集約による個別最適から全体最適が、現実的に求められはじめました

以上が地域医療構想と人口構造を軸に長い時間軸で概観した「これまで」と「これから」です。
「戦略の失敗は戦術では補えない(プロイセンの将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツ.戦争論,1832)」という言葉があります。制度上、公的制限のある我が国においては、病院経営戦略の策定において注意が必要です。
図2のように日本の法令の階層秩序を前提に考えてみましょう。たとえば、診療報酬とは大臣告示別表なので、「告示」の扱いです。一方で地域医療構想は、「医療介護総合確保推進法」という「法律」をもとに制度化されたものです。病院経営上、「診療報酬改定」への対応は必須ですが、慣例で2年に1度改定されるため不確定要素が多く、経営の「戦略」の軸として捉えるにはリスクが高いと言えそうです。そもそも経営戦略を策定するためには、当地における需要を鑑み(または形成し)、供給体制を整備する必要があります。医療においては、まさに法のもと制度化されている地域医療構想を軸に「戦略」を立てる形が望ましいでしょう。そして、病院を健全に経営するための「戦術」として、個々の機能に適した診療報酬・施設基準の取得をめざすのです。

図2「診療報酬~戦略との関係を再考する」
図2「診療報酬~戦略との関係を再考する」

2025年以降における病院経営の課題とは

さて、外部環境をどれだけ客観的に捉えても、嘆いても、マクロ環境は変えられません。しかしミクロ環境は個々の経営努力により好転させられる可能性を秘めています。さらに院内のコスト削減も益々重要となることは論をまたないでしょう。

そこで改めて、病院経営の新たな課題と方向性を考えたいと思います。
コロナ禍後の病院経営において、いくつかの新たな課題が浮き彫りになっています。その中でも特に注目されるのは以下の点です。

エネルギー価格の高騰への対応

病院運営におけるエネルギーコストの増加は無視できない問題です。省エネ設備の導入やエネルギー効率化への投資が、コスト削減と環境負荷軽減の両面で求められています。

人材不足と世代交代

医療従事者の不足は依然として深刻な課題です。また、長年地域医療を支えてきた連携人材が高齢化する中で、次世代への知識や経験の継承が急務となっています。

デジタル技術の活用

AIやデジタル技術の進化に伴い、業務効率化や患者ケアの質向上が可能となっています。特に生成AIの活用は、情報整理や患者対応の新たな手段として注目されています。

今後の連載計画においては、
本連載「病院マーケティング新時代」では、今後以下のテーマを取り上げ、病院経営の新たな可能性を探っていきます。

  • 業務効率化
    • 分析業務の自動化による必要人工の軽減事例
  • 生成AIの現場活用例
    • 生成AIを活用した手作業業務の廃止、患者・職員サービス向上の事例
  • 委託業務の内製化
    • 外部企業へ委託していた業務を院内職員で行う体制を構築することで、コスト削減・質向上を実現した事例
  • 過疎地域におけるMaaSの導入
    • 過疎地域での医療アクセス改善に向けたMaaS(Mobility as a Service)の活用事例
  • ヒューマン・リソース・マネジメント
    • 長年地域医療を支えてきた人材の退職が進む中で、次世代の育成やノウハウの継承事例
  • 集患成功事例
    • 厳しい外部環境下、地域からの信頼を獲得して「選ばれる」存在となった事例

まとめ

病院経営を取り巻く環境が激しく変化する中、柔軟かつ先見的な対応が求められています。本連載では、実際の事例や最新のトレンドを通じて、病院経営のヒントを提供してまいります。次回以降もぜひご期待ください。

1)松田 晋哉.今後の病院経営に必要な連携の考え方.医学書院 病院.84巻1号 , 2025年1月 , pp.20-29
2)厚生労働省:令和4年版厚生労働白書―社会保障を支える人材の確保.2022
3) Pereira Gray D, Henley W, Chenore T, et al:What is the relationship between age and deprivation in influencing emergency hospital admissions? A model using data from a defined, comprehensive, all-age cohort in East Devon, UK. BMJ Open 7:e014045, 2017

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