近年、医療DXという言葉が広く聞かれるようになりました。実際に現場ではどんなシステムやデバイスに注目が集まっているのでしょうか。全国病院経営管理学会の経営企画委員であり、普段は北摂総合病院で経営企画室室長を務める池田健士さんに話をうかがいました。
PHSからスマホへの切り替えがもたらす恩恵
ーー「医療DX」というと広範な領域を指す言葉です。業務効率化や負担軽減に資するシステムやデバイスとして、何が注目を集めていますか。
以前開催した全国病院経営管理学会の経営企画委員の報告会で、各施設の医療DXに関する取り組み状況を確認した際に注目が集まっていたのは「業務用スマートフォン」ですね。北摂総合病院でも、現在導入に向けた動きを始めています。
看護師やメディカルスタッフが医師にPHSでコールしても電話がつながらなかったり、「いま手が離せないから、後でかけ直して」と言われたりといったやり取りは、関係者全員にとって得るものがない”ムダ”な時間です。こうした事態はめったに起こらない話ではなく、むしろ毎日院内で発生しています。
こうした電話の不通やかけ直しを減らせるのが、スマホのチャットツールです。お互いに空いた時間に送信できますし、既読で目を通したかどうかも判断できます。さらに、文字が残るため「言った・言わない」の論争も起こりません。緊急連絡には不向きですが、ムダを減らし精神的負荷の軽減が期待できるでしょう。
現在も当院を含め、多くの病院でPHSが使われています。一般的な「公衆PHS」は2023年3月末にサービスが終了しましたが、病院で使用されている「構内PHS」は、まだ部品の供給が安定しており、今は従来と変わらない運用ができているかと思います。しかし将来的には修理ができなかったり、修理費が高騰したりする恐れがあります。交換機の更新が近いならば、そのタイミングでスマホに切り替えると良いと思います。
ーーそのほかに注目しているものはありますか?
議事録の音声文字おこしシステムですね。病院は法定の委員会を含め、さまざまな会議や委員会が存在します。議事録作成は時間がかかるので、いかに効率的に記録を作成できるかを考えています。当院でも現在試行中ですが、みんなマスク越しで発言するので、会議の音声がうまく拾えずに苦労しています。文字起こしができれば後はChatGPTなどの生成AIにかけて要約してもらえるので、あと少しのところまできています。
また、AIによる看護シフト作成ツールの導入も検討しています。看護師長さんたちのシフト作成の時間を減らし、本来の看護業務に注力してもらえたらと思っています。生成AIを用いた業務は病院の中でも今後もっと広がっていく流れだと感じています。
医療DXは保守的・革新的どちらに偏ってもいけない
ーー医療DXの導入には、費用面やセキュリティ面にも考慮が必要です。円滑に進めるポイントを教えてください。
私は、医療DXとは”攻め”と”守り”の両輪で進めるべきものだと考えています。ここで言う”攻め”とは、効率化やデータ管理を目指し積極的にIT化を進めること。それを担うのは私が所属する経営企画室のような部署です。そして”守り”とは、個人情報保護や安全管理といったセキュリティに重きをおくこと。それを担うのは医療情報室のような部署です。攻めに偏ると、セキュリティ面が疎かになりますし、守りに偏ると効率化が進まない。両者がうまくバランスを取ることで、はじめて医療DXがうまくいきます。
北摂総合病院では2024年に医療DX推進室を設置しましたが、そのメンバーは病院長代理をトップとし、副室長は経営企画室長と医療情報長の両名が担当しています。こうして組織体制の時点で、保守的にも革新的にも偏らないようにしているのです。
ーーこれから医療DXを進めていく後進へメッセージをお願いします。
医療DXを進めるためには、当然コストがかかります。導入コストだけでなく、長期的な成果やメリットを総合的に評価する必要があります。システム構築からソフト・ハードの購入、スタッフ教育、保守などに係る費用を把握しそういったコストをかけることでどれだけの作業時間の短縮や手作業の削減ができたか、またデジタルツールによってミスを削減してどれくらいの医療の質の向上につながったか、費用対効果をある程度示せるようにしておかなくてはなりません。
医療DXは効率化や業務改善の先にある「患者さんにより良い医療を提供すること」に繋げていくことが最終的な目的です。充分な予算が獲得できなくても、スモールスタートで始められる医療DXもあります。身近な業務改善に目を向けて、段階的に大きな変革を実現していってほしいと思います。
医療DXは決して容易な道ではありませんが、取り組みの一つひとつが医療を新たな次元へ進化させてくれます。使命感を持って共にチャレンジしていきましょう。そして、日頃自分にも言い聞かせていますが、「導入すること自体が目的になってはいけない」ということもお伝えしたいです。自院にどのような課題や問題があって、改善をするためにどのような新しいシステムを導入するのか、その指針さえ明確であれば、きっと周囲からも協力を得られるはずです。