シリコンバレーのように生産性を向上させている浜通り


森田知宏

2018年1月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

年も変わったので、昨年に私の周囲で発表された論文数を検索してみた。すると、福島県浜通り(相馬市・南相馬市・いわき市など)で勤務する医師が、福島第一原発事故に関連して発表した論文数は2017年だけで31篇あった。年次推移をみると、2012年の5篇から始まり、2016年には28篇と順調な右上がりを遂げている。(図1)

これを生み出しているのが、毎週行われる勉強会だ。月曜の夜、相馬市にある相馬中央病院に浜通りの医師が集まる。齋藤宏明医師は仙台から、園田友紀看護師はいわき市から、車を飛ばしてやってくる。文字通り福島県浜通りに散らばった医療者たちが集結する。その勉強会は、震災直後から浜通りの内部被曝調査を継続している坪倉正治医師の名前をとりツボクラ勉強会と呼ばれている。

とはいえ、誰かが講義をすることはほとんどない。基本的には各自が取り組む調査について作業を淡々と進めている。例えば、私は浜通りの高齢化問題、介護の問題に取り組んでいる。坪倉医師は放射線被曝調査やその影響、大町病院の尾崎章彦医師は災害などによって変化した社会的状況とがん患者の関連などを調べている。同じ地域で勤務していても、それぞれの問題意識が異なるからだ。一方で、それぞれが、調査を進めるうえで困ったこと、不明な点があれば、それを解決できそうな人に相談する。その話題に詳しい者が他にいれば、横から口を挟む。研究を始めるときなどは、大体のメンバーが参加してアイデアを出す。各メンバーの取り組んでいるテーマはだいたい全員が知っていて、ゆるく関わっている。これが勉強会の実態だ。

このようなゆるい関係は、勉強会内にとどまらない。外部とのコラボも盛んだ。坪倉医師は教育関連、SNS関連の分析を、各専門家たちと行っている。尾崎医師は人工知能を利用した画像解析に挑もうとしている。私が現在投稿中の論文は、経済の研究者たちと介護費用を分析したものだ。他には、上海市の復旦大学と認知症に関する調査を行っており、miupという医療ベンチャーの一員としてバングラデシュでの非感染性疾患対策に携わっている。

私達の集団を支えるのは、近接性、遠隔性両面での情報のやり取りだ。ICT技術の発展に伴い情報伝達は、離れていてもできるようになった。しかし、都市部への人口集中に見られるように、近接性、つまり、近くにいること、の価値が上がっている。それは、メールやメッセンジャーでは送れない『複雑なデジタル時代に価値の高い生産の基礎をなす、複雑なアイデアや生産的な行動パターン』の価値が上がっているからだ。(『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』ライアンエイヴェント)福島県浜通りは、課題先進地域と呼ばれるほど、医療的な課題が多い。しかし、そこに一人でいるだけでは視野が限られてしまい、これまでに議論しつくされたような研究しか出来ない。経験を一部共有すれども、バックグラウンドの違うメンバーが議論することで、オリジナリティのある研究が生まれる。

一方で、アイデアが固まった後の情報のやり取りを行うのは主に遠隔だ。データの分析方法や方法論は自分で勉強しているだけでは分からない。さらに、医学研究の幅も広がった。経済学、人工知能、教育学など、他分野で発展した技術が医療分野に参入している。こうした分野は、専門家と議論しなければ、見当違いのことが起こりうる。私は、例えば統計分野では東京大学の野村周平先生、慶應大学の古谷知之教授から、基本的な部分も含めてご指導いただいたことに感謝している。主にメール、たまにSkypeなどのビデオ通話などあらゆるメディアを通じて情報交換をしている。

これは、シリコンバレーの文化を築いた構造と似ている。ITビジネスは本来遠隔でも仕事ができると思われてきた。しかし、昨今では人材が集積していることが発展の源泉と言われるようになった。エンジニア、起業家、投資家が行き来してビジネスチャンスを探すことで、新たなテクノロジーをつかったスタートアップ企業が次々と誕生する。同時に、その場にいなければ分からないノウハウ・文化が流通する。だからこそ、すでに家賃が高騰しているにもかかわらず、シリコンバレーに本社を移す企業が後を絶たない。

こうした文化は、Googleの社是である「Don’t be evil」や、「Do the right thing」のような自己規律を生んだ。発展がめざましい分野では『意思決定を明文化されたルールのみに従って行っていたのでは、決定的な誤りを犯してしまう可能性』があるため、自己規律が重要となる。(『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』山口周)医学研究も同様だ。先述の通り、医学研究の幅は広がった。
従来の分子細胞生物学は大規模な設備が必要であったが、設備を必要としない臨床研究や疫学研究が増えた。一方で、技術の進歩によって、既存のルールでは評価不可能なグレーゾーンがたくさん発生した。我々は、「患者の役に立つこと」を第一に考えている。その研究が患者に迷惑をかけないことは最低条件で、その研究が患者の治療、未来の医療の発展につながることを目標としている。そのため、現在の基準では必要がなくても、自らの判断で必要と考えれば倫理委員会で第三者からの評価を受けるようにしているし、新しい手法を用いた医学研究の際には、東京大学医科学研究所の研究倫理支援室室長をされている武藤香織教授にご相談するなどしている。

加えて、見過ごせないのが支援者の存在だ。どれだけ役に立っても、オリジナルのアイデアがあっても、地域のリーダーの理解がなければ、データも入手出来なければ、倫理委員会も立ち上げられない。しかし、浜通りで災害復興に取り組むリーダー達は、これらの課題解決につながる研究を積極的に応援している。
例えば、相馬市の立谷秀清市長は、災害後の被害の実態を記録することが重要だ、と常に述べ相馬地域の放射線被ばく線量の測定や、災害関連死の実態に関する研究を快く支持した。南相馬市立総合病院の及川友好院長は放射線の内部被曝調査の検査体制を整備した。これらの地域での活動を開始するときには、学校法人星槎グループの宮澤保夫会長が現地スタッフや居住環境の整備を行った。他には常磐病院の常盤峻士理事長、ひらた中央病院の佐川文彦理事長なども積極的な研究環境の整備をしてきた。言わば、シリコンバレーで成功した起業家たちが、投資家として次の起業家を支援するのと同様だ。

ネットワーク内や外部専門家との相乗効果さらには支援者の存在。これらの環境が整った浜通りは、特色のある臨床研究を残してきた。積極的なメディア発信を続けている山本佳奈医師、福岡から飛び込んできた鴻江蘭医師など、若手の台頭も目覚ましい。実績がまた人材を呼び、前述に挙げた勉強会で揉まれて、また新たな課題を見つける。このような良循環ができつつある。この環境がどこまで発展するか楽しみだ。

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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