最近、筆者のもとには、身元保証人や身元引受人がいないケースや患者・家族の迷惑行為を伴う入退院・転院困難事例の相談が急増してきたと感じています。これらは個人的な問題にとどまらず、社会的な問題を抱えた困難事例とも言えるでしょう。
生活困窮者などへの医療支援等はずいぶん進んできたと感じていますが、ここ最近は、身元保証人等を立てられない独居高齢者の入院や転院が問題になっているようです。このような患者は、状態がかなり悪くなってから救急搬送されるケースが多く、退院が難しいことを承知の上で入院させる病院もあります。
これは個人の経済事情とも関連しますが、医療制度改革によって医療機関が縛られている在宅復帰率や入院期間、機能分化、それによって受け入れられる重症度等の問題も相まって、医療機関側も窮地に追い込まれている一面があります。
「身元保証人等がいない」ことは、「正当な事由」なのか?
そもそもこの問題の背景には、法的に診療を受け入れる義務(医師法第19条第1項)があります。具体的には「診療に従事する医師は、診療治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」とした“応召義務”が存在し、緊急時は原則、無条件で受け入れなければなりません。
しかし、身元保証人等が立てられない患者は退院困難になる可能性が高いため、緊急入院・予定入院を問わず、受け入れを拒む医療機関が増えていました。そのため、ここ最近、行政も動き出してきたようです。
次の文書は、厚生労働省から各都道府県の関係者に向けて発信された通知です。
要するに、身元保証人等がいないことを理由にした入院拒否は医師法の応召義務に抵触するとし、そのような事例が確認された場合には、各都道府県が指導を行うように指示をしています。
したがって、医療機関の関係者は、今一度、医療現場の受け入れ体制を確認する必要があるでしょう。このような指導が行われる背景には、患者の受け入れを拒否した医療機関でトラブルが起こり、患者側が厚労省や都道府県に訴えたことが考えられるからです。
診療契約が破綻した悪質な患者も増えている半面、医療機関側の対応に問題があることも考えられるので、今一度、確認することが求められています。この文書を医療機関内で共有し、適切な入院を行うとともに、やむを得ず断る場合の「正当な理由」の範囲をしっかり理解しておくことが大切なのではないでしょうか。
【応召義務の正当な事由に当たらない例】
※昭和24年9月10日 医発第752号 厚生省医務局長通知
- 医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由に診療を拒むことはできない
- 診療時間を制限している場合であっても、これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない
- 特定人例えば特定の場所に勤務する人々のみの診療に従事する医師又は歯科医師であっても、緊急の治療を要する患者がある場合において、その近辺に他の診療に従事する医師又は歯科医師がいない場合には、やはり診療の求めに応じなければならない
- 天候の不良等も、事実上往診の不可能な場合を除いては「正当の事由」には該当しない
- 医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も、患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが、了承しないで依然診療を求めるときは、応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター医事管理課長/診療情報管理室長、国際医療福祉大学院 診療情報管理学修士。1987年、財団法人癌研究会附属病院に入職後、大学病院や民間病院グループを経て現職。その間、診療情報管理士、診療情報管理士指導者などを取得。現在、日本診療情報管理士会副会長、日本診療情報管理学会理事、医師事務作業補助者コース小委員会 委員長などを務める。
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