著者:野末睦(あい太田クリニック院長)
S先生のことを書いたのには、理由があります。ここ10年ほどかけて、いろいろ学んできた脳科学的な見方で、この出来事を再評価してみたかったからです。実はもう一つ、S先生の行動に関して、後日談があります。
それは、9人制バレーで市中大会で敗れてしまった私たちは、その前の年より始まった6人制の大会に急きょエントリーして、急造チームながら、市の大会、東北信の大会を勝ち進み、県大会に出場しました。県大会では、急造チームであり、6人制の戦い方もよくわかっていなかったので、初戦で敗れてしまいましたが、その大会にT中学も出場し、決勝戦までコマを進めていたのです。
その決勝戦でのことです。劣勢になったT中学がタイムアウトを取って、円陣を作ったその瞬間、会場全体に怒声が響き渡ったのです。タイムアウトになり、ざわざわし始めた会場が一瞬で静まり返りました。それはS先生の怒声だったのです。「お前ら、なにもたもたやってんだ。あんな田舎のH中学なんか、山猿だろ。相手にもならん。シャキッとせい、シャキッと」。その時にビンタがあったかどうかは覚えていません。でも、精神的なビンタが、T中学の生徒に、そしてそれ以上にH中学の選手に向けて、発せられたことは間違いありません。その後一気に形勢は逆転し、T中学は優勝したのです。
S先生が行った心理的操作
わたし自身は、その光景を目の当たりにしたときに、数か月前のこともありありと思いだし、S先生への恐怖がより増したのでした。今、このことを振り返ってみると、S先生は恐怖心を用いて、敵の選手、監督を一気に劣等感で洗脳された状態に持っていったのだと思います。多感で、無防備な中学生たちでしたから、ひとたまりもありませんでした。後日耳にしたのですが、T中学の生徒の保護者は、強固な応援団を作り、毎日の練習や練習試合、そして各種大会で、チームのサポートにあたっていて、S先生に対してはまさに教祖様みたいな接し方だったというのです。チーム内でも何らかの心理的な操作を行っていたのだと思います。
あれから40年以上たっていますから、私はS先生を責める気持ちはありません。むしろ、そのような心理的な誘導技術を持っていたことに、畏怖の念を感じます。
「中学時代の部活動に潜む危険とは何でしょうか?」への私的結論
中学からの部活動においてさえも、洗脳に近い影響を受けることがあります。このような悪影響に備えるとともに、いわゆる根性論ではない、メンタルトレーニングを受ける環境を整えていきましょう。
野末睦(のずえ・むつみ)
筑波大学医学専門学群卒。外科、創傷ケア、総合診療などの分野で臨床医として活動。約12年間にわたって庄内余目病院院長を務め、2014年10月からあい太田クリニック(群馬県太田市)院長。
著書に『外反母趾や胼胝、水虫を軽く見てはいませんか!』(オフィス蔵)『こんなふうに臨床研修病院を選んでみよう!楽しく、豊かな、キャリアを見据えて』(Kindle版)『院長のファーストステップ』(同)など。
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