野々下みどり(ののした・みどり)
株式会社LHEメディカルコンサルティング代表取締役。熊本大学法学部を卒業後、約20年間にわたり社会医療法人社団シマダ 嶋田病院に勤続。その間、医事課長、診療情報管理課長、情報システム課長、診療支援部長、企画広報部長を歴任。2018年、医療福祉の経営コンサルタントとして起業し、現職。医療経営・管理学修士(九州大学大学院医学系学府)、診療情報管理士指導者の資格を持つほか、日本診療情報管理士会評議員などを務める。
「うちの事務長は動かない」。スタッフからこぼれた愚痴
「うちの事務長は動かない!」
先日、訪問先の医療機関で顔を合わせたスタッフが、「こんにちは」を言い終えるや否や、こんな怒りを訴えてきました。
私:「どうしたんですか」
スタッフ:「うちの事務長は全く動いてくれない。情報共有や伝達が少ないし、指示も全くないんです。私たちが提案したことも、すぐに却下するし……。組織を良くしようという気持ちがないんですかね。理解できません。今からまた話し合いに行ってきます」
このような“上”に対する不満を持つのは、スタッフだけではありません。事務長だったら、怒りの対象が「理事長、院長」になるかもしれませんし、理事長、院長の立場になると、「政府、国」ということもあるでしょう。もちろん、同僚や友人へ怒りを抱く可能性もあります。誰かと一緒に働く以上、仕事が思う通りに進まないことは日常茶飯事です。
大きな岩で道がふさがっていたら、岩に怒りますか?
では、ちょっと想像してみてください。
あなたは1人である場所を目指し、山中を進んでいます。ある程度歩いたところで、大きな岩が道をふさいでいることに気づきました。とても動かせそうになく、登ることもできない程の大きな岩です。
行く手を阻まれたあなたは、どうしますか?
- 「なんで岩がこんな所にあるんだ。進めないじゃないか!」と、岩に怒りをぶつける
- 岩を何とか動かそうとする
- 周り道をしてでも、行きたい場所に向かおうとする
- 目的地に行くことを諦めて、引き返す
まず、大きな岩に怒っても状況は何も変わらないですよね。岩を動かすのは、仲間がいたらできるかもしれませんが、時間や労力がかかりそうです。また、諦めて引き返してしまっては、今までの労力が無駄になってしまうし、何より目的地にたどり着けません。
きっと「岩を動かすより、自分が動いた方が早い」と考え、少し時間がかかってでも、回り道を選択する方が多いのではないでしょうか。
このように相手が「大きな岩」だと自分が動くことを選択する人でも、相手が「人」になると感情がその邪魔をします。
「なんで私がこの人のせいで、余計な回り道をしなければならないの」「なんで私が譲らないといけないの、我慢しなくてはいけないの。悪いのはこの人なのに」――。
戦わずとも、目指す結果が得られればいい
さて、スタッフから批判されている事務長は、なぜ動かないのでしょうか。これまでの自身の経験からそうならざるを得ないのかもしれませんし、そうした方がいいという価値観を持っているのかもしれません。もしかしたら、事務長から見ると、「批判するスタッフの方が変」とさえ感じるかもしれません。
考え方や価値観は立場や、生活・勤務の環境によって変わります。同じ人でさえ、変化していくのです。あなたが考え方や価値観の異なる人と出会ったとき、相手を理解し、受け入れようとする気持ちがない限り、その人とは平行線。交わることはありません。
「野々下さん、戦わずして勝ちなさい」
このコラムでよく登場する恩師から、そう言われたことがあります。
当時、血の気の多かった私を諭してくれたのですが、私は「嫌だ。戦って勝ちたい」と息巻き、その助言を理解したくもないと思っていました(笑)。
でもずっと心に残っていて、あるときふと「そうだよね」と受け入れることができました。「戦うと、お互い余計な労力や感情を使って疲れるだけ。どうしたら自分の思う結果にたどり着けるのか、ということに頭を使った方がいい」と気がついたんです。「負けるが勝ち」という言葉もありますね。
相手を動かすよりも、自分が回り道をする方が早い
「あの人が動いてくれたら、私がこんなことしなくてすむのに」
「なんで私が余計な時間使わないといけないの」――。
最初のうちは、そんな感情がよぎることもありましたが、「自分が動く(変わる)ことが一番の早道」と思うようになり、動かない大きな岩との戦いはやめて、回り道や飛び越える方法を考えるようになりました。
冒頭で紹介した、事務長へ怒り心頭だったスタッフにも、「動かない事務長に感情ぶつけても解決にならないし、責めても決して分かり合えない。ここはぐっと我慢して」と声を掛けました。「とりあえず事務長の考えを聞いてみて。それから次の作戦を練りましょう。またお話を聞きますから」
後日そのスタッフからは「淡々と事務長の話を聞いて、ひとまず揉め事にならずにすみました」と連絡が。事務長には内緒で、一緒に迂回作戦を練ろうと思います。
事務長も“動かない岩”に悩んだら、「戦わずして勝つ」迂回作戦を実行してみませんか。
一緒に過ごす人たちに、いい記憶を残せる事務長であれ
さまざまな問題や課題に追われる毎日の中で、私も「このまま進んで大丈夫かな」と不安になることがあります。そんなとき、過去の自分が発した言葉がいつのまにか誰かの力になっていたとわかると、とても勇気をもらえます。
先日出向いた九州の病院で、データ作成と病院経営のアドバイスをしていたとき、一人のスタッフが私をじっと見つめていることに気づきました。話を聞いてみると、数年前にある勉強会に参加したときに、私から「作業になってはダメよ。目的を持って仕事をしなくては」と言われたとのこと。「我ながら偉そうだ…」と思わず赤面しましたが、「その言葉がとても印象に残っていて、今も頑張るときのバネになっています」と言っていただきました。「今日も野々下さんの仕事ぶりを見て、その姿勢は全くぶれていないと感じ、また頑張る元気をもらいました」
自分の記憶は薄れても、誰かの記憶にはっきりと残る言葉がある。逆に、相手はきっと忘れているだろうけど、自分の中に残り続ける言葉もあります。それは、良くも悪くも……。まだまだ私も反省の日々。自分と関わる人には、できるだけ良い記憶を残していきたいものです。
先日、このコラムの読者2名からメッセージをいただきました。1人は病院の事務長、もう1人は「将来病院を経営したい」という就職活動中の学生さんです。いつも悩みながら書き上げているコラムですが、言葉が届いていることを改めて感じ、気を引き締めました。
さあ、梅雨も明けました。オリンピックが開幕して、この夏も暑くなりそうです。2021年の夏は1度きり。一緒に過ごす人たちに、いつか笑って思い出してもらえるような事務長の姿を見せていきましょう。
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