東京医大問題から見えた、働き方改革に抗う日本医療界の異常性

東京医大問題から見えた、働き方改革に抗う日本医療界の異常性

国立成育医療研究センター 産科フェロー
前田裕斗

2018年8月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

東京医科大学の入試試験における女子一律減点のニュースが出てから久しい。この報道をきっかけに医療界の根底にある問題−長時間労働と生産性の低さ、大学医局維持のための人材囲い込みなど−が噴出している。一方、批判がひとしきり落ちつくと今度は「女性医師の60%が点数操作に一定の理解」「働き方改革の遅れは日本全体の問題だから医療界だけを批判するのはおかしい」といった記事が出てきた。私はこうした記事には全く迎合できない。
そもそも何故女性だからといって結婚妊娠出産を前提に考えられねばならぬのか。しかも赤の他人に。お節介もいいところだ。今の時代、女性にとって結婚・妊娠・出産は単なる選択肢に過ぎない。さらに言えば男性を雇用したところで必ずしも体力が必要な科に入るとは限らない。現状を考えれば男性の数が増えるように調整するのは仕方がない?

では、いつから男女平等な入試を始めればよいのか。そもそも今年の入試から全面的に女性一律減点をやめたところで実際の臨床現場に影響するのは最低6年後、初期臨床研修医の2年は責任を負う仕事はしないことを考えれば実質8年後、女性医師の数が増え、出産して職場を離れると仮定しても日本の平均初産年齢は30歳であるから普通に考えれば12年後である。今から12年間で何も変わらなければ一生変わらないだろう。現状っていつまでだよ。

さて、ひとしきりツッコミを入れたところで本題に入ろう。そもそも日本の医療界は働き方改革が遅れているのではない。働き方改革に抗っているのだ。そもそも働き方改革の本質は、少子高齢化による人口オーナス期(高齢人口が若年に比して多く、人口構造そのものが経済の負担となる時期)への対応にある。人口オーナス期には労働人口の減少、人件費の高騰、高付加価値商品の需要から男女共同参画、短時間での成果、多様な人材の登用が必要となるが、日本の医療界はこの全てに逆らっている。

まず前提として、日本の医師は大部分が大学医局(以下医局)に属している。馴染みがない人も多いだろうが、医局=教授を頂点とした各大学病院の診療科と、そこに所属する研究室や関連病院を含めたグループと考えればよい。今回東京医大側が女性一律減点を行った理由として女性医局員が妊娠出産で長期労働や夜勤・当直を制限されること、また明言されてはいないが、妊娠出産を機に大学医局から離れてしまうことが挙げられる。このことから日本の大学医局は未だに「終身雇用制」を基としていることが読み取れる。

実際、医局に入れば専門医取得まで3年、その後サブスペシャリティの獲得・大学院までを含めた約10年がセットになる大学がほとんどであり、大学院在籍中も奉公として病棟業務に従事する期間が設けられる。

さらに医局を抜けるのは凄まじく大変で、勤続十何年経っても各方面に根回しをしてやっと。抜けることへの恨み節も多々聞かれるようだ。さらに、そもそも医局には人事部のようなものはなく、教授や医局長とその側近による意思決定で決まることがほとんどである。一方医療界の基礎は徒弟制度にあるため先輩・後輩の上下関係は強く、中高年医師の待遇を悪くすることは避けられやすい。結果として多くの中高年医師が残り続け、彼らを支えるために医局に残って働き続ける若年労働力の囲い込みが過熱する。

例えば今回の裏口入学や、女子一律減点問題に加え、ここ最近新設され医療界で問題となっている新専門医制度もその1つだ。この制度では新しく専門分野の研修を始めるにあたり、大学病院やそれに準ずる大病院での研修を義務づけられる。診療科にもよるが多くの県では大学病院の他に1個選択肢がある程度で、これも元々は大学病院しか選択肢がなかったことに批判が生じたことで漸く選択肢に登ったものだ。これでは専門医の質を保証すると謳いながら医局への人材囲い込みをしていると言われても仕方がないだろう。

さらにこの制度ではキャリアの多様性も制限される。例えば救急科と循環器内科など複数診療科を学びたい人、女性にまつわる問題を総合的に見る女性内科を学びたい人への選択肢は用意されていない。他業界では自ら様々な職場を経験し、スキルを身につけていく考えが少しずつ広まり人材の流動性が増加しつつあるが、日本の医療界はこの流れに真っ向から反対する制度を作ったのだ。

一方で勤務時間と給料はほとんど変わっていない。大学病院における若手医師の基本給は平均20-30万であり、同世代の一般病院勤務医と比較して半額程度。さらに平日は夜9時前後までの勤務が求められ、当直明けに勤務が免除される科はほとんど無い。生活のため土日もアルバイトに明け暮れ家族と過ごす時間もなかなか取れないのが実情だ。

さらに長時間働ける、均一な、男性を揃えたことで大きく問題となるのが論文執筆や学会発表といった学術面での成果だ。学術活動は頭脳労働であるから、男女から広く人材を募ることが重要であることは自明だ。日本の医学論文数が基礎医学・臨床医学の双方でほぼ伸びていないことは有名だが、この一因として男女共同参画の不足が考えられている。

実際、医学・科学技術関係を中心とする最大の出版社であるエルゼビア社の報告では、日本における女性研究者の割合は20%と欧米先進国が軒並み40%程度であるのに比して少なく、一方で研究者一人あたりの執筆論文数は女性の方が多かった(男性1.3に対して女性1.8本)。さらに同報告では日本は女性研究者の国外へ流出する割合が高く、国内に流入する数が低い唯一の国とされ、優秀な女性研究者が国外へ流出している可能性も示唆された。

以上で見てきたように、日本の医療界は働き方改革が遅れているどころではなく、真っ向から逆らっている。時代にそぐわない「医局」という名の終身雇用制を、給料を安く保ったまま、新しい制度まで作り、女性一律減点という人権侵害にまで手を出してまで存続させた結果、日本の医療・医学の進歩にまで悪影響を及ぼすなどと、これで大学は教育機関と胸を張って言えるのだろうか。

日本の医療界に真の働き方改革を起こすには、医局のあり方を見直さなければならない。具体的には人材の囲い込みを止め、医局を研修場所の一つとして開放すべきだ。人材の流動性を高めれば、自然と多様性も増し、改革も進む。真に自分たちの医局に魅力があると思うのであれば、できるはずだ。今回の議論を、単なる一大学の不祥事で片付けてはいけない。

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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