医療のあり方が転換期を迎える中、病院経営の一翼を担う存在として重要性が増している事務職。しかし、そのキャリアパスや教育体制はいまだ確立されていません。病院事務職が院内で評価され、自身の“市場価値”を高めるには、どのようなスキルや視点を身につけるべきなのでしょうか。若くして様々な挑戦を重ねている4名の事務長が、これからの事務職に求められものについて、語り合いました。
医療者が事務職に求めるもの
──事務職に求められるスキルはいろいろあると思いますが、まだあまり体系的に整理されていない気がします。事務職が評価されるために必要なものってなんでしょうか。
加藤:
評価者の立場によって変わると思います。医療者が事務職に求めるものと、事務長が部下に求めるものでは評価の基準が異なるのではないでしょうか。
医療者視点で言うなら、「想像力」。これに尽きると思います。医療の現場で起きていることを、自分の業務に絡めて具体的にイメージできる事務職は評価されやすいでしょう。医療についてどれだけ知っているか、が重要です。
たとえば「この機器を買ってほしい」と医療者から言われたときに、それが医療の質にどれだけ影響するか分からないと、本当に必要なのか判断できない。「これがないと〇〇できないから困りますよね。でも、いまあるこの機器でこうやって代替できないですか?」と相手の意図をくみ取りながら提案ができると、医療者にも理解してもらいやすいと思います。
髙﨑:
分かります。実際に現場に行ったりして、現場の動きや全体の流れを掴めるようになってからは、現場のスタッフからすごく話しかけられたり、頼ってもらえたりするようになりました。学ぶ努力と、その結果を周囲にしっかり見てもらえていたことが大きかったのかなと思います。
事務職は「事務の人」ではない
──では、事務長が部下に求めるものは何でしょうか。
酒井:
事務長視点で言うと、自分の担当業務にとらわれないで、病院に必要なことを考えて動けるか。私が言うのもおこがましいんですけど、事務職の方って、専門性が高くて、担当業務には非常に長けている。一方で、自分の担当以外の領域に踏み込むのは苦手、という人も少なくないのではないでしょうか。
その中でも2つのパターンがあります。勇気がなくて行動に移せないとか、業務をこれ以上増やしたくないとかの理由で「気づいているけどやらない」場合と、自分の担当業務に集中するあまり「気づいていない」というケース。
いずれにせよ、そこを越えて一歩踏み出せれば、仕事の範囲も広がるし組織内での評価も上がるはずです。これは本人の努力だけでなく、上司のアプローチが問われる場面でもあると思います。
加藤:
たしかに、自分で考えて行動することに苦手意識があると思いますね。それは、環境的なものかもしれません。酒井さんが「勇気がなくて行動に移せない」と指摘されたように、病院組織には有資格者を中心としたヒエラルキーがこれまで根付いていて、事務職の発言力はあまり強くありませんでした。もちろん、組織によっても濃淡があると思いますが…。発言しても耳を貸してもらえなかったり、一蹴されてしまったりという経験が積み重なれば、「言ったところで何も変わらない」というマインドになってしまいますよね。
──たとえば医事課で、レセプトの記載漏れを指摘したくても、医師の反論に従わざるをえない、というお話も耳にします。
加藤:
それはその病院内で、収益を増やすことよりも医師と揉めないようにすることの方が、優先順位が高くなってしまっているのでしょう。でも、そのような扱いを医事課スタッフが受けると「収益アップの為に言ったのにこんな事を言われるのであれば今度から言わないようにしよう」、といった思考になってしまいますよね。
少し話はそれますが、個人的には事務職はずっとお金のことを考え続けるべきだと思います。事務部門は、お金を直接稼げない非生産部隊です。医療者が必死に診療して得てくれた収益を、どうすればより経営の質に結びつけられるか考えるのが我々の仕事であって、そこに責任感を持つべきだと思います。
酒井:
事務職の専門性の高さや、経営面で果たしている役割って、医療者にはまだ伝わりにくい側面があるのかもしれません。あくまで「事務の人」としか認識されていないというか…。
たしかに事務職という呼び方一つとっても、何をしているのか分かりにくい。でも、医事や会計、人事といった事務職が医師や看護師と同様、その道のプロとして専門性を発揮しているから病院の運営が成り立っている。最近、“チーム医療”とか、“ピラミッド型からドーナツ型の組織へ”と言われていますが、そのドーナツの中には事務職も入っているんです。でも、長年の間につくられた「事務職像」みたいなものがあって、本人たちもそれを内面化してしまっている。もっと専門職として胸を張ってもいいんじゃないでしょうか。
髙﨑:
ネーミングひとつで印象が変わるところはあるかもしれませんね。聖路加国際病院では、事務職のことを「経営マネジメントスタッフ」と呼んでいるんです。
酒井:
私、外国の方には勝手に「COO(最高執行責任者)です」と自己紹介しています(笑)。
「経験がないから分からない」を、越えてみよう
──皆さんだったら、自分の右腕となる部下にはどんな能力を求めますか。
加藤:
一番は、「個」の利益より「組織」の利益を考えられることでしょうか。上司に好かれるよりも、組織を良くするために「こうした方がいい」と覚悟をもって進言できるとか、組織全体を見て考え、行動できる人材。
あとは、自分より1つ上の立場の人がどうしたいと思っているかを想像して動けるか、も大事な気がします。たとえば一職員なら課のことを、課長なら部のことを見渡して動けるか。酒井さんはどう思いますか?
酒井:
経営者の立場からは、事務長がそれだけしっかり考えてくれていると本当にありがたいなと思いますね。事務長として部下に求めるスキルでいうと、やっぱり長期的な視点で物事を考えられるかと、あとは調整能力でしょうか。外部の業者さんも含め、本当に多くの部署と調整・交渉が必要になるので…。しかもそういう調整業務って、自分の実績として言えるものではないので、黒子としてサポートに徹することにやりがいを感じられる人が向いていると思います。
あとは、未経験の業務も自分で調べて実行できる人。私、もともとマルチタスクは得意な方だったんですけど、事務長になってからマルチタスクの幅が広がっていく一方で(笑)。たとえば建て替えの建物のこととか、入札の仕方とか、最初は全く分からないけど、勉強しながらなんとか対応していくしかない。そうやって、いかに自分の中の境界を壊して、業務範囲を広げていけるかは大事だと思いますね。ただ、あまり自分でやりすぎるとスタッフは私に聞けばいいや、となってしまうので、最近は「私も知らないよ」となるべくスタッフに任せるようにしてます。
加藤:
「やったことないから分かりません」って言われるけど、「僕もやったことないよ」というケースはよくありますね(笑)。
甲:
業務を“自分ゴト化”して、主体的に取り組む姿勢は大切だなと思います。私は会社員をしているので、平日は細かく教えたりできませんし、クリニックのスタッフには不便をかけているなと思うんです。
でも、それを理由にして週末に私が来るまで待っててほしくないんですよね。今の時代、その気になればある程度はネットで調べられますし、どうしようもないときは私に連絡を一本もらえれば指示は出せます。自分で考えてみれば、ただ聞くとかただ待つとかでなく、多少なりともできることって見えてくるはずです。
髙﨑:
皆さんの話にも通じると思いますが、個人的には、事務職、特に事務長には組織や仕事に対して前を向いて進める力が求められると思っています。「自分にはできないから」と、やらないことを選ぶのは簡単だけど、そこで諦めずにトライしてみよう、改善していこうと思い続けるエネルギーが必要なんじゃないかな。もちろんくじける場面は多々ありますけど(笑)。その都度、前を向ける、いい意味での諦めの悪さというか…“前向き力”が大事だと感じますね。
<取材:原田祐貴、写真:塚田大輔、文:角田歩樹>
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