救急隊から選ばれる病院になるために―病院マーケティング新時代(39)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松本卓/病院マーケティングサミットJAPAN Executive Director

小倉記念病院 医療連携課

目次

搬送先を選定する基準を知ろう

急性期病院の集患において、救急搬送の受け入れ数は大事な指標ですよね。
今回は、救急搬送の受け入れ数を増やす取り組みについてご紹介します。

そもそも、救急隊はどのようなルールで搬送先の病院を決めているかご存知ですか?
当院がある福岡県の場合は「傷病者の搬送及び受入れに関する実施基準」があります。(おそらくどの都道府県もこのような基準を公開しているはずです)
この28ページに、「救急隊が、傷病者の搬送を行おうとする医療機関を選定するための基準」が書かれています。

ア 医療機関リストに基づく搬送
イ 直近医療機関への搬送
ウ メディカルコントロール体制下での搬送
エ かかりつけ医療機関への搬送
オ 県外医療機関への搬送

救急搬送による患者数を増やすと聞くと「無理じゃない?」と思われるかもしれませんが、このような基準を踏まえると、「効率的な集患のために、誰とどのようにコミュニケーションを取るべきか」を検討することができます。

福岡県の基準の場合、集患の観点では

ア 医療機関リストに基づく搬送
エ かかりつけ医療機関への搬送

が重要だと考えています。

「搬送先として選ばれる情報」を救急隊・生活者に伝える

「医療機関リストに基づく搬送」には、「医療機関リストの中から、傷病者の症状・病態に適応した医療が速やかに施し得る医療機関を選定するものとする」と書かれています。

救急隊が搬送先を選定する上で必要になるのは、各急性期病院の医療内容ですよね。

しかし、「A病院には、新しい医療技術Bが導入された」などの情報がリアルタイムに更新されているとは考えにくいです。なぜそう思うのかというと、私には実体験があるからです。

5年前に義父が仕事中に脳梗塞で緊急搬送されました。
私は「rt-PAが30分以内に投与できる小倉記念病院に搬送される」と思っていたのですが、実際は別の急性期病院に搬送されたんですね。

手前味噌ではありますが、当院の脳卒中に関する医療技術や体制には自信があります。搬送先となった病院との差は明確です。「違いがわかっていたら、絶対に当院に搬送するはずなのに」と驚きました。

※ちなみに小倉記念病院は、行政と「心臓・脳疾患に関しての救急搬送依頼は断ってはいけない」という取り決めをしているので、当院からは受け入れを断れません。

とある救急隊員の方からは「私の家族が脳梗塞になったら救急車は呼ばない。自家用車で小倉記念病院に搬送する」とまで言っていただきました。救急車を呼ぶとどこに搬送されるか分からない、ということですね。

しかし、これは救急隊の責任ではなく、搬送先として選ぶための情報を伝えていない病院側の責任です。救急隊に自院の医療を知ってもらうことで、救急搬送患者が伸びる可能性はあると思います。

かかりつけ医療機関への搬送に関しては、病院側が一番コントロールしやすい部分でしょう。

「傷病者または家族から、かかりつけ医療機関などの特定の医療機関へ搬送を依頼された場合は」「可能な範囲において依頼された医療機関へ搬送することができるものとする」との記載があります。

一昔前は搬送先の希望を伝える方は少なかったと思いますが、今は結構いらっしゃるようです。

本人・家族が希望しなければ、他の基準が優先される可能性が高いので、病院は一般生活者との日頃のコミュニケーションが重要になります。「自分や家族に何かあったときには、小倉記念病院に搬送してもらう」と言ってもらえる生活者を増やしていくのです。

消防に広報誌送付/救急隊向けのセミナー開催

上記を踏まえて、当院が「救急隊に選ばれる」ために行っている具体的な施策は、

  • 消防局・分署への広報誌の送付
  • 救急隊向けのセミナー開催

です。

広報誌は、集患対象となるエリアの全消防局・分署に郵送しています。実際、隊員にどれほど読んでもらえているかはわかりませんが、毎号、当院の旬な医療情報の特集を掲載しているので、現在の小倉記念病院を知ってもらうには良いツールだと考えています。

そしてセミナーですが、以前は年によってやったりやらなかったりと、力を入れてきたとは言えない状態でした。過去には、参加者が2名しか集まらないという悲惨な結果も。我々よりもむしろ、参加者の方が気まずいですよね。小倉記念病院の職員に囲まれて講演を聞かされるのですから……。

セミナーは私が連携室に異動してから、オンライン開催で復活しました。

北九州市消防局にご協力いただいて、救急隊員が年間で受けるべき研修の選択肢の一つとして認定いただいた効果で、参加者数は26名!北九州市消防局所属の方が半分、北九州近隣の消防局の方が半分と、市場とする大半のエリアの救急隊の方に参加いただき、意義のあるセミナーになったと思っています。

病院によっては、分署に出向いて講演をすることもあるそうです。また、消防局からの天下りを受け入れている医療機関もあるとかないとか……。真偽の程はわかりませんが、そんな話が出るほどに、急性期病院にとって救急搬送患者数は重要な指標なのです。

今回は救急搬送患者を増やすための施策を紹介しましたが、「どの病院も絶対にやった方がいい」というわけではありません。

当院も救急隊の方に自院を知ってもらえるよう努力していますが、マーケティング施策としてはやはり一般生活者とのコミュニケーションに比重を置いています。救急隊よりも生活者の方が行動を起こしてもらうハードルが低いのは明らかだからです。

効率的な集患のために、限られたヒト・モノ・カネ・時間をどう配分していくべきか。常に考えていきましょう。

>> vol.38 前方連携推進のため、医療機関専用CRM(顧客関係管理)ツールを企業と共同開発! 済生会熊本病院―病院マーケティング新時代

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